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アベミハ社会人シリーズ
4)



三橋は通用口に降りていくエレベータの中でも、阿部のことばかり考えていた。



(寒くなってきたから、外でお仕事大変 だろうな。
オレに手伝えること、あれば良いのに…。

………あ、でも、部署違うから無理、なんだ。
同じ部署だったら 良かったのに…)



ズボンのポケットから一枚の紙切れを出す。
昼休み、阿部から預かったメモ。
大切に大切に、そっと両手で包み込む。



(これ、もらってても良い、よね…)



そうだ、ほんの少しでも今日は彼と話すことができた。
それだけでも充分幸せなことなんだ。

三橋はメモをポケットに戻して、勢いよくエレベータを出た。
途端に、真っ正面から人とぶつかる。



「ご、ごめっなさ…」



鼻を押さえながら顔を上げた三橋は、心臓が止まると思った。



「三橋―」

「あ…」



(あ、阿部 君、だぁ…)



嬉しさと恥ずかしさで、三橋の顔が急速に熱くなる。



「思いきしぶつかったけど大丈夫か?」



三橋は必死に首を縦に振った。
気がつけば、ひっくり返らないようにと阿部の手が自分の肩を掴んでいたので、三橋は身体まで熱くなる気がした。



「そか。
でも良かった、もしかしたらもう帰ってるかもって思ったから」

「?」

「これ、さっきのお礼」



阿部はコートのポケットからホットココアの缶を取り出した。



「こ、これ…」

「ん?もしかして嫌いだった?」



三橋は、今度は必死に首を横に振る。



「なら、どうぞ」



阿部はおどけて笑ってみせた。



「あ、ありがとう…」

「こっちこそ助かったよ、ありがとな」



三橋は泣きたいくらい嬉しくなる。
おずおずと手を伸ばす三橋が缶を落としてしまわないように、阿部はゆっくりと手を放した。
手袋越しでもココアの温かさが手に伝わってきて、三橋は胸がいっぱいになる。



「………あのさ」

「?」



阿部は何か逡巡してから、言葉を継いだ。



「できれば、なんだけど」

「は、はいっ」

「これからはもちっと…、顔上げててくんね?」

「は い?」



三橋は、頭の中を疑問符でいっぱいにしながらも、つい言葉通りに顔を上げて。

一気に顔の熱が上昇する。
そこには、今まで見た中で一番優しい阿部の笑顔が近くあった。



「そう。
そうしてくれたら、ちゃんと顔見えっから」

「へ…?」

「じゃ、お疲れ。
寒いから風邪引かねぇようにな」



そう言って、阿部はエレベータに乗り込む。



「あっ、あの―」



扉が閉まる寸前、振り返った三橋が見た阿部の目はまた優しくて。



(そ、か。
オレ、いつも 恥ずかしくて…阿部君の前じゃ、顔、上げらんなかった、んだ…)



三橋は、既に閉じてしまったエレベータの扉の前で立ち尽くした。



「…そういうヤツね」

「ヒッ!」



阿部との余韻に浸っていた三橋は、背後からの泉の声に飛び上がった。



「い、いいいい泉くっ!
どどどど―」

「あ?
なんでオレが此処に居るのか、何をどこまで見てたかだって?」



(い、泉君はスゴい!)



泉の読心術に、三橋は尊敬に値するくらい感心した。



「叶のバカが邪魔しやがったおかげで集中力切れちまってさ、今日は諦めて明日にしたんだ。
で、エレベータでここに降りてみれば、お二人さんがいろいろ見せつけてくれちゃってたんで、邪魔になんねぇように草葉の陰から見守っていたわけよ」

「み、見せっつけ なん、って!
おおオレ は、べべ別っ、にっ」

「落ち着けよ。
大丈夫、見せつけてたのはあっちだから」

「だ、大丈夫って…?そ、そんな…」

「ふぅん、ナルホドね」



三橋が大切に両手で握っているホットココアを見て、泉は何やら感心している。



「…ど かした?」

「確かに、これならオレ達に奪われることはないわな」

「う?」

「しかも、この寒さに熱いモノを渡すトコロが抜け目ねぇよな」

「い、泉…君?」

「で、ダメ押しにコーヒーでなくココア、か…。
ヤラシイな、アイツ」

「やっ、やらし い…?」

「あ〜、三橋は気にしなくて良いから。
でも良かったじゃん、帰る前に会えて」



三橋は泉の言葉で先程の優しい阿部の笑顔を思い出し、再び顔の熱を上げる。



「きっとこの先、もっといいコトあるよ」

「え?」

「まぁ………オレと田島には災厄の始まり、かもだけど」

「?サイ…???」

「なぁ、どっかで飯食って帰ろうぜ!
で、そこで聞いてやるよ、ノ・ロ・ケ・ば・な・し」

「ふぇ…?え?っ!のっのろ、け?!」

「早くしねぇとおいてくぞ〜!!!」



三橋は混乱しながらも、楽しげに笑う泉の後を追いかける。


明日は、ちゃんと顔を見て挨拶しよう。
すごく恥ずかしいけれど。
ちょっと不安だけれど。

でも、またあの笑顔が見られるなら―。


ビルの外は、いつものように冷たい風が吹いていたが、手の中のココアが三橋に幸せな温もりを広げてくれていた。




20071204 up

(110917 reprinted)




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