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アベミハ社会人シリーズ
3)



〜my dearest〜



電車の中で目的地までの時間に苛立ちながら、阿部は時計を何度も見た。
頭に浮かぶのは、約束をした時の嬉しそうな三橋。
そして、想像上の泣いている三橋。



(こんなことで会わせてもらえなくなったら、洒落になんねぇぞ)



ようやく駅に着いた電車をすぐに降りて、待ち合わせの場所へと急ぐ。
秘密の約束だったから駅からわざと離れた場所に決めたのだが、予想外に裏目に出た。
自分の不甲斐なさに舌打ちをする。
全速力で走って5分。
スーツとコートと書類の詰まったカバンのせいで、思うように早く走れない。
焦燥感が募る中、どうにか目的地に辿り着く。
公園に入って程なく、阿部はようやく三橋の姿を目にした。



「三橋―!」



急に呼ばれた大きな声に、三橋は言葉通りに飛び上がる。
振り返った三橋が、まだ泣いていないことにホッとした。
しかし、それも束の間、三橋の目から大きな涙の粒が勢いよく零れてきた。



「み、三橋?!」



本人も涙を止めたいのか何度もコートの袖で拭っていたが、その内肩をしゃくり上げ始める。



「わ、悪ィ。電話したら、バッテリー切れになっちまって…。
公衆電話から連絡しようとも思ったんだけど、その、番号覚えてなくてさ…。
それで―」



必死に言い訳を並べようとしたが、それ以上は出来なくなった。
三橋が自分の胸に飛び込んできて、思考を停止させたのだ。



「みは―」

「よかっ た…」

「は?」

「もしかしたら、阿部 君の身に、何かあったんじゃ…って…。
でも、オレ こっから動け、なくて…。
何も、できない のが…、悲しくて…怖くて…。
でも…無事で、良かった………」



そこまで言うと、また泣き続ける。

阿部は唖然とした。
責められると思い込んでいたのに、ただ自分の身を案じてくれていたのだと知って本気で驚いた。
けれど、それはやがて嬉しさと恥ずかしさがごちゃ雑ぜになった気持ちへと変化していく。



「―お前、もしかしてずっとここにいたのか?」



三橋は小さく頷く。



「いつから?」

「………阿部君、が……最初に、メール くれた、ちょっと…前………」



変更後の資料を作成する前にメールを入れたから、少なくとも昼前からここに居たことになる。

それを考えると、胸が痛くなった。
待ちぼうけを食らっても、怒りもせず泣くのを我慢して、不安を押し殺して何時間も誰かを待つなんて、果たして自分にはできるだろうか。



「ごめん………」



三橋が泣きやんだなと思っていたら、自分の両腕がいつの間にか三橋の背に回っていた。
自分の無意識の行動に半ば呆れながらも、そのままその手で三橋の柔らかい髪を何度も撫ぜる。



「ホントに、いつもごめん」

「…な んで、阿部君が、謝る んだ……?」



三橋の声色は、本当に不思議だと言わんばかりだ。
そんな三橋が愛しくて堪らない。



「―自分のことばっか考えて、格好つけて、不安にさせて、泣かせて…、ホントにごめん」



少しだけ腕を解いて離してやると、三橋は真っ赤な顔をそっと上げた。



「あ、阿部君は、何も…悪くない よ。
それに、…あの、ホントに、格好…良い です…」


最後にはまた俯いてしまったから語尾はほとんど消えかけていたが、三橋の言葉は耳にちゃんと届いて阿部まで顔を赤らめる。



「…バカ」



指先だけで三橋の髪に触れてからもう一度、今度は強く抱き締める。
あまりにも狂い過ぎた予定だが、阿部には何があっても成し遂げなくてはいけないことがあった。

自分の為に、そして三橋の為に伝えたい。



「―好きだよ、三橋」



今まで何度も言おうとしたが、もしこの想いが受け入れてもらえなかったら、と思うと怖くて言葉に出来なかった。
だから、確証が得られるまで、何度も三橋の気持ちを試していた。
ちょっとした仕草や表情、反応を具に確かめては、少しずつ距離を埋めてきた。
けれど、それも今日で終わりにしなくてはいけない。



「今まで泣かせた分、これからは不安な思いはさせねぇから、絶対に大事にするから。
だから―」



三橋の肩に顔を埋めるようにして、阿部は三橋の耳元で囁く。



「ずっとオレの傍に居て―」



三橋はまたグズグズと泣き始めたが、阿部が慌てることはなかった。
声にこそ出さないものの、胸の中の三橋が何度も何度も頷いてくれたから。
ようやく手に入れることができた温もりに、阿部は今まで餓えていた心が満たされていくのを感じた。
そして、恋人への償いと小姑への言い訳を考えながら、泣きやんでくれるまで阿部は三橋を抱き締め続けた。





080314 up
(111206 revised)







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あきゅろす。
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