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アベミハ社会人シリーズ
2)



〜recollect yesterday〜



昨日の夜はよく眠れなかった。
そのせいか、今朝はあまり食欲がない。
体調は悪くはない。
むしろ、異常にテンションが高い。
頭も身体も気持ちの良い浮遊感に包まれていて、妙に落ち着きがない。
こんな時は何をやらかすか自分自身でも不安だから、約束の時間がずれて三橋は内心ホッとしていた。
これでゆっくりと出かける準備ができる。

バレンタインの一件の後、「お返しとお詫びをしたいから」と阿部から誘ってくれた約束。
二人で休みを取って出かけようと、阿部が提案した時は本当に驚いた。
それでは、まるで―



(か、勘違いしちゃダメ だ。
今日は、チョコレートのお返しで、誘って くれたんだ、から…)



阿部と約束してから、毎日自分にそう言い聞かせる。
けれど、どんなに言い聞かせても心と顔がふにゃふにゃしてしまう。



(う、うぅ〜〜〜…。
こ、こんなニヤけた顔、絶対ヘン だ)



水で洗ったばかりの顔は、鏡の中ので締まりのない表情を見せ、情けなさすら覚える。


『ったく、明日半日ただ働きだぜ』



昨日、電話越しに聞いた声が少し残念そうに感じたのは、多分、休み半日分が無くなったから。
可哀相だと思ったので正直にそう伝えると、今度は悪戯っぽい調子の声が返ってきた。



『じゃ、明日会ったら慰めて』



そんなやり取りを思い出していたら、情けない顔が紅潮して更に情けなくなった。



(………どーしよ。
オレ、今日一日保つのかな………?)



せめて、彼に会うまでに顔だけは何とかしたい。
あまり効果はないだろうと思いながらも、三橋は顔と頭を冷やす為に再度水道の蛇口を捻った。





〜natural enemy〜





「なんで、あんたがここにいんだよ?」



今朝も同じようなセリフを聞いたな、などと人事のように感じながら、しかし、今朝の相手より幾分か苦手な輩なだけに一瞥だけはしてパソコン操作に戻る。
阿部を見下ろす泉の目は冷たい。



「今日は約束してんだろ?
もう昼だぞ、どうなってんだよ?」

「っせぇな、分かってんよ」
「…本当に分かってんのかな」

「は?」



茶化すように言っているが、泉の目は真剣だ。
一か月前も同じような視線を向けられた。



「こないだ言ったこと、本気だから」

「………」

「次にアイツを泣かせたら、お前なんか絶対、二度と近付かせねぇよ」



吐き捨てるように宣告し、唐突に現れた天敵は好きなだけ釘を刺して立ち去った。



「…小姑かよ」



ぼやきながら、デスクトップの時計を確認する。
三橋には遅刻のメールを入れたが、少しでも早く切り上げたい。



(あと30分で切り上げる―)



そう心に決め、阿部はラストスパートをかけて作業にあたった。





〜series of unlucky〜





ツイてない日というのは今日みたいなことを言うのだと、阿部はつくづく思った。

午前中の打ち合わせで提示した案件に変更が入り、変更後の資料を本日中に欲しいと言われ、昼食を摂る間も惜しんで仕上げた。
ようやく完成した資料をメールに添付して送信し、急いで退出しようとしたら、今度は職場のビルの前で携帯が鳴る。
送った資料を見た得意先の部長が即決したので、すぐにそちらに向かって欲しいとの同僚からの伝言だった。
明日にしてくれと言いたいところだが、大口の顧客なので後のことを考えればそうもいかない。

仕方なく、三橋に今日二度目のメールを入れる。
電話の方が早いことは分かっていたが、声を聞けば今の自分には仕事を放棄し兼ねない危機感があったので止めた。
すぐに返ってきたメールには、「気にしないで、お仕事頑張って下さい」の一文。
阿部は少し救われたような気がした。

得意先の部長にまず30分待たされ、苛立ちを隠すのに阿部はかなり苦心した。
ようやく契約のサインを貰うことができ、早急に退去しようと思っていたが、新たに別の契約も考えていると言われて話がどんどん長引く。
時折、時間を確認したい衝動に駆られたが、相手の機嫌を損ない兼ねない行動は慎まなくてはいけない。
もちろん、話を急かすのも御法度だ。
大きなビジネスチャンスと大切なプライベートの約束。
どちらが大事と言われれば後者と即答できるが、社会人としての責務が無謀な考えを押し込めた。

得意先のビルを出て、時間を確認できたのはすでに3時を回った頃。
阿部は本気で焦った。
いくら悠長な三橋でも、トータル3時間以上も待たされては怒ってしまっているかもしれない。
すぐに携帯を取り出し、三橋に電話をかける。
2回目のコールで繋がった。
が、途端に耳障りな高さと大きさで電子音が3秒鳴り響き、その後は何も聞こえなくなった。



「………嘘だろ」



バッテリー切れの阿部の携帯は、完全に沈黙した。





〜I miss you〜





平日の公園には老人と子供、主婦が多く集っていたが、その中で立ち尽くす三橋の目には全く周囲は映っておらず、頭の中には不吉なキーワードが増殖し続け、容量を超えそうになっていた。

ずっと待っていた阿部からの電話がようやくかかってきて、急いで携帯を開いたのにすぐに切れてしまったのだ。
少し待ってみたが一向に阿部がかけ直してこないので、悩んだ末に三橋からかけてみる。
初めて阿部にかける緊張で震える指を叱咤してダイアルしたものの、応対してくれたのは通話不能を知らせる機械音声。
探しに行こうかとも考えたが、待ち合わせ場所を離れて擦れ違ったりしたら意味がない。
会社に連絡をすれば、或いは阿部の行動を把握できるかと思ったが、秘密の約束である以上、阿部に迷惑をかけないためにもそれはできる限り避けたい。
いつもならば泉や田島が傍にいてフォローしてくれているが、今日はそれも叶わない。
彼らの協力なしには何もできないのかと思うと、すごく悔しい。
自分独りでは心配しているだけしかできないのだろうか。



(阿部、君………)



彼を見失うことが、こんなにも自分を不安と恐怖に駆り立てるものなのか。
苦しくて寂しくて死にそうだと、本気で思った。





080314 up
(111125 revised)






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