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アベミハ社会人シリーズ
2)



三橋は幸せな気分で資料室に向かった。
夢見心地に歩きながら、何度も手の中のメモを見る。
走り書きされた力強い文字。
その一文字一文字が愛しく思う。

誰かの役に立つのはとても嬉しいことだが、相手が阿部となれば仕事とさえ思えなくなるから、我ながら不思議だ。

彼とは席が近くても課が違うから、接触の機会は本当に少ない。
まして、仕事を頼まれるなんて通常なら有り得ない。
自分にささやかな嫉妬心をもたらす阿部と同じ課の女子社員達が、外食で席を外してくれていたことに三橋は心から感謝した。

書類を届けた時、彼はどんな顔を見せてくれるだろう。
どんな言葉をかけてくれるのだろう。
資料室の受付で待っている間も、そんなことを考えてばかりいた。

しかし、三橋がフロアーに戻ると、阿部の姿は無かった。
急いで戻ってきた三橋の気分は一転、落胆の色を隠せない。



「あ、ありがとね。
阿部のヤツ、課長に呼ばれちゃって外に行っちまったんだよ。
ごめんな、後はこっちでやるから」



阿部と先程打ち合わせをしていた社員がすまなそうに手を合わせて謝ってくれたが、心は晴れなかった。



「お疲れ、残念だったな。
けど、またすぐ戻ってくるだろ」



泉が三橋を慰める。



「三橋、これ食って元気だせよ!」



田島がクッキーの袋を差し出す。
と言っても、三橋が叶からもらったモノだし、残りは既に僅少だった。



「あ、でもアイツから伝言!
『休憩中に本当に悪かった』だって!」



田島は励ますように言ったが、三橋の顔は浮かない。

三橋は謝罪の言葉なんて欲しくなかった。
ただ、彼の喜ぶ顔が見たかっただけなのだ。



「……あ、」

「どうした、三橋?」

「そういえば、さっき花井係長に会った、よ」

「そなの?
アイツお菓子くれなかった?!」



田島が話題に飛び付く。
花井は田島の幼馴染みで、違う部署の係長だ。



「もらってない、けど。
田島君のこと 気にしてた」

「へ?」

「不用紙で 紙ひこうき折ってないか、とか…、仕事中に居眠り してないか、とか…」



泉はそれを聞いて爆笑する。



「ヒッデェ、梓のヤツ!!!
オレだって仕事くらいちゃんとやってっぞ!」

「そうそう、居眠りの仕方うまくなったしな」

「あれ?
やっぱ分かった?」

「あからさま過ぎて、社員は逆に気付いていなかったみたいだけど」

「だって、飯の後ってすっげぇ眠くなんだもん」

「あ、ああの、それ と…」

「ん?」

「今日、は定時だから 忘れるなって…」

「え〜っ?!
何?お前、花井とデート?!!」



泉が驚いて体を乗り出す。



「違う違う、草野球の飲み会があんだ」

「なぁんだ、奢りじゃねぇのか」



口々に勝手なことばかり言っていると、昼休みの終わりを告げるメロディが流れ出した。



「あ〜あ、昼休みって短いよなぁ」

「仕事で来てんだから当たり前だろ」



3人は解散し、各々の席(と言っても横一列に並び合っているからやや場所移動をするだけだが)に戻る。



(いつ、戻ってくるのかな。
遅いのかな…それとも、直帰 しちゃうの、かな…)



仕事中、そんなことばかり三橋は考えていた。
課が違うから、彼の予定さえ分からない。
結局、終業時刻を過ぎても阿部は戻らなかった。





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あきゅろす。
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