[携帯モード] [URL送信]

アベミハ社会人シリーズ
1)



最初に見たのは、4月の入社日。
茶色い癖っ毛とアーモンド形の瞳に白い肌。
ちょっと頼りなげなヤツ、というのが第一印象で、ただそれだけのことだった。

初夏に差し掛かったころ、仕事が立て込み、派遣社員も連日残業続きになって、彼の姿を何度も見かけるようになった。
そんなある日、派遣社員を他部署から数名借り出して仕事を手伝ってもらわなくてはいけなくなり、その中に彼がいた。
そして、偶然にも作業方法をオレが説明することになった。
オレはただマニュアルに沿って彼に説明していたが、話をしているうちにアーモンド形の目が徐々に大きく見開かれ、輝きを増していくのに気がついた。



「そんなに面白い?」

「へ?え?あ、の・・・?」

「いや、何かすげー楽しそうだから」



そう言うと、少し考えてから何かを思いついたらしく、顔を上げて言ったのだ。



「あ、ああなたが、楽しそう だった、からだ」

「はい?」

「オレ、仕事好きな人 の話、聞くの、すごく嬉しい。
 オレも、幸せな気持ち、なるからっ」



その時に見せた全開の笑顔がいつまでも離れなくて、いつしか彼の姿を目で追うようになっていた。
やがて、自分の気持ちに気付いた時には、今恋人が居ることなど忘れるくらいに、どうにも思いを止められなかった。

それでも傷付くことが怖くて、卑怯だと分かっていても、先に相手の心を試さずにはいられなかった。
後ろめたい子供じみた思惑など微塵も気付かず、彼は誠実に反応し、純粋に一喜一憂を見せる。
そして、彼の思慕を確信してから徐々に近付いた。
そんな自分を総て知った上でも、彼は自分を受け入れてくれるのだろうか。
それだけが気掛かりで、いつまでも酷く不安だった。





〜uneasy happening〜





春の先触れを知らせる暖かさを感じ始めた、3月中旬の朝。

栄口が職場に入るや否や、水谷は自席から立ち上がり駆け寄ってきた。



「はよ、水谷」

「栄口、遅いよ〜っ!
もう、さっきから怖くて怖くて仕方なかったんだから!」

「ハイハイ。
で、今度は何?」



騒ぐ水谷には慣れているので、栄口は別段焦ることもなくあしらう。


「ほら、見てよ!
あの黒〜〜〜いオーラの叶!!!」



青い顔をした水谷の指差す方に目を向けると、かなり不機嫌そうな叶が黙々と仕事をしている。



「別に良いんじゃない?
あれも人間なんだから、そんな日もあるよ」



栄口は何気に酷いことを言いつつ自席に向かおうとしたが、水谷に無理矢理止められてしまう。



「そりゃ、栄口はいーよ!
アイツとは基本関わりないからさ〜。
オレなんて、どれもかしこもアイツ絡みだよ!
逃げ場ナシじゃん!!!」

「そういうコトもあるって。
諦めなよ、帰りに付き合ってやるからさ。」



そう言って、押し止どめていた水谷の手をやんわりと返す。



「も〜ぅ!
全部、三橋のせいだよ!
今日、有給取ったりするから!」

「え?
今日、三橋休みなの?」



水谷の最後の愚痴に、それまで適当に流していた栄口が急に反応した。



「そうだよ〜!
今日は14日だろ?
叶のヤツ、義理チョコに舞い上がっていたから、盛大に返しをするつもりだったんだぜ、きっと!」


水谷の最後の言葉は完全に聞き流し、栄口は何やら考え込むように自席につく。



「どした、栄口?」

「いや、別に」



水谷に笑って答えてから隣の部署を眺めて、栄口は再び何かに反応した。



「栄口?」

「あ〜、何でもないから」



再度、水谷をはぐらかした栄口は徐に立ち上がり、隣の部署へと向かう。



「ちょっと、阿部。
なんで出勤してんの?」



周囲を気にするように、栄口は声を潜めて聞いた。



「今日、休み取ったんじゃなかったっけ?」

「…しゃあねぇだろ。
得意先から、週明けの打ち合わせを今日の午前に変えてくれって、昨日連絡があったんだよ」



苦虫を噛み潰したような顔をしながら、阿部は得意先への資料をまとめている。
いつもと違う阿部の様子に、栄口は探りを入れてみた。



「ねぇ」

「あ?」

「滅多に休まないお前が、なんで今日は休み取ってたの?」



阿部は一瞬手を止めかけたが、すぐに忙しく動かす。



「―別に。
ちょっと用事があんだよ」

「…ふぅん」



本当は以前から、もしかしてと思っていたのたが、確信に足る根拠も無く、その先をどのように聞こうかと考えてしまう。



「…昼からは帰んの?」

「あぁ、これさえ終わらせれば晴れて自由の身だぜ」

「誰かと約束でもしてんの?」

「だから、野暮用だって」


冗談ぽく言ってようやくまとめた資料を封筒に放り込んだ阿部に、栄口にはそれ以上の追求が出来なかった。





080314 up
(111124 revised)







[次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!