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アベミハ社会人シリーズ
3)



〜turning point〜



得意先を訪れている間も、昨夜別れたきりの三橋のことが、阿部の頭から離れることはなかった。

横で楽しそうに笑ってくれることが、嬉しくて仕方なかった。
それなのに、三橋にあんな思いをさせてしまったのは、自分の弱さだ。
以前の電話の件もそうだ。
敗者にも悪者にもなりたくなくて、三橋の優しさにつけ込んでいる。
ならば、彼を傷つけた報いは当然に受けなければいけないと分かっていても、それがとても恐ろしいことのように思えた。

途中、職場に連絡を入れた際に田島から釘を刺され、携帯電話を何度も手にしたが、結局は三橋に連絡を取ることができずに居る。

悶々とした気持ちを抱えたまま、夕刻をやや過ぎて職場に戻ると、オフィスビルの前で今最も顔を合わせたくなかった人物が厳しい顔をして待ち構えていた。
無視をして通り過ぎるわけにもいかず、諦めに似た溜め息を小さく吐いてから、彼に近付く。



「早退したって、田島から聞いたけど」

「誰かさんのせいで、用事ができたんだよ」

「…オレ、か」



徐に、泉が青い包みの箱を突き出す。
それが昨夜一度見たものであることに、阿部はすぐに気づいた。



「コレに手を伸ばすのがどういうことか、もう分かってんだろ」

「………」

「あんたみたいなヤツに、簡単にはやれねぇよ」

「けん制でもしに来たのか?」



それには直接は答えずに、泉は真っ直ぐ阿部と対峙する。



「聞きたいことがある」

「…んだよ」



逃げられないし逃げてはいけないと頭で理解していても、あまりにもの居心地の悪さに阿部は思わず目を反らす。

もちろん、泉は逃がしてやる気など毛頭ない。
大切な親友の未来がかかっているのだから、一歩たりとも引けない。

まるで、審判を下す裁決者のように、泉は阿部を見据えた。



「あんたの覚悟を知りたい」










〜grateful to you〜





泉が帰った後にすぐ眠ってしまい、次に目覚めたのは8時前。
数時間の睡眠でしかなかったが、頭も身体も随分すっきりしているように三橋は感じた。



(泉君の、おかげだ。
田島君も、途中から一人で仕事、大変だった だろうな)



パジャマの上からフリースを引っ掛けて、キッチンに向かう。
冷蔵庫には、泉が買ってきてくれたらしいスポーツドリンクやヨーグルト、ゼリーなんかが入っていた。
三橋は、その中からスポーツドリンクを取り出し、渇いた喉に注ぐ。
喉の痛みも消えていて、ドリンクの冷たさが心地良さだけを伝えてくる。
週末をのんびり過ごしていれば、月曜には完全復活できるだろう。
二人に迷惑をかけた分、来週は目一杯頑張りたい。

そして―



(………やっぱり、阿部君に 会いたい…)



ペットボトルを持つ手に、自然と力が入る。

自分を受け入れて欲しくて、彼を好きになった訳ではない。
報われなくてもいい、伝えられなくてもいい、彼の隣が自分でなくてもいい。

それでも、彼を好きでいたい。



(月曜、阿部君に会ったら、昨日の事 謝ろう。
それで、また いつものように、過ごせたら良い。
同じ場所で、同じ時間を生きられるだけで、オレは幸せ だ…)



大丈夫。
昨日の事を思い出しても、もう泣けてきたりはしない。

ペットボトルをテーブルに置き、再び冷蔵庫を物色する。
幸い、卵が二つあった。
泉が作ってくれたお粥だけでは足りなくて、卵雑炊を作ろうと思った時だった。
ベッドに置いたままの携帯電話から着メロが流れてきた。
慌ててベッドに戻って、三橋は息を飲む。



(………阿部君、だ)



昨日のショックからは既に立ち直ったているが、ただ阿部の名を見ただけで胸が熱くて泣きたくなる。
辛いわけでも悲しいわけでもない。
自分とのコネクションが彼の中でまだ消えていないことが、堪らなく嬉しい。
緊張で震えそうになる右手でゆっくりと電話を持ち、三橋は応答した。



「も、もしもし…」
『―悪ィ、寝てた?』



いつもと変わらない優しい阿部の声に、三橋は胸を詰まらせる。



「う、ううん。
起きてた、から 平気」

『熱、あんだって?』

「もう下がった よ!」

『そか、なら良かった』



彼の言葉をほんの少しでも聞き逃したくないのに、心臓が煩くステップを踏んで三橋を困らせた。



「う、あ、あ…の、」

『昨日は、ごめん…』

「へ…?」



先に帰ったことを謝ろうとしているところに阿部から謝罪の言葉が出て、三橋は戸惑った。


『お前に甘えちまって…』

「?あ、まえ…?」



甘えられた覚えのない三橋は、理解への糸口を探すのに手間取る。



『オレ、ずっとアイツから…逃げてたんだ……』



(アイツって………)



恐らく、阿部を呼び止めた女性のことだろう。
ほんの少しだけ、三橋の胸に痛みが走る。



『自分から別れたのに、アイツを傷付けたことからはずっと逃げてて…』

「………」

『けど。
昨日、三橋がオレの背中を押してくれたから…、ちゃんとアイツと話ができた。
アイツも、納得してくれた』



ありがとう、と阿部は言う。

しかし、三橋は何と答えて良いのか分からなくなってしまう。
確かに、阿部と彼女が過去と決別できたのは良いことなのだろう。
けれど、礼を言われるのは何か違うような気がした。







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