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アベミハ社会人シリーズ
2)



〜his resolution〜



今日何度目の目覚めだろう。
寝苦しさを感じた三橋は、うんざりしながら枕元の時計を手に取る。



(4時…か………。
もう少しで、仕事の時間 終わっちゃう、な)



気怠さは相変わらずだが、寒気が治まったのは有難かった。
さっきまでより、幾分か身体が温もった気がする。
しかし、今度は喉に痛みが出ていることに気がついて肩を落とした。



(今日、金曜日で良かった…けど、)



「おー、気がついたか」



一人だけの部屋で別の声が響いたので思わず飛び起き、呼吸を乱した三橋は思わず咳き込んだ。



「おい、大丈夫か?」



ゆっくり背中を擦ってくれるその手は、仕事中のはずの泉のもので、三橋は更に驚く。



「うぇ…?い、いいい泉君?!」

「―ったく、こんなに熱あんなら、もっと温めて寝なきゃ余計に酷くなんぞ」



ベッドの中に湯たんぽ入れたから、と泉は笑って三橋の頭を撫ぜてからキッチンに向かう。



「鍵もちゃんと締めろよな、物騒なんだからさ。
まぁ、おかげでオレは難なく入れたわけだけど」

「あ…、ご、ごめん。
……泉君、仕事 は?」

「何かかったりィし暇だったから、早退した。
今、お粥作ってるけど食えるか?」

「………」

「三橋…?」



返事が無いので三橋の部屋に戻ると、三橋が俯いて肩を震わせている。
近付こうとして、ふと足元にあった三橋のバッグが目に入った。
口から顔を覗かせているのは、濃いブルーの包装紙でラッピングされた箱。
それが何であるか、泉は聞かずとも理解できた。

バレンタイン商戦で盛り上がるデパートを通り過ぎながら、「今年はチョコ、作ってみよう、かな…」とはにかんでいた三橋。
田島や泉にもチョコを持ってきて、「二人とも、大好き だから」と言ってくれた三橋。



「三橋…」

「ご…ごめん、ね…、いつ も、いっぱい…心配 かけて…。
泉君、にも…田島、君にも…たくさんのこと してもらって、るのに………、オレ、は―」



三橋が謝っているのは、きっと今日のことだけじゃない。



(なんで、コイツが泣かなきゃなんないんだろ…)



自分にはどうにもできないと分かっていても、一生懸命な三橋を見ていると、己の無力さを呪いたくなる。



「…お、オレっ、早く元気に、なる ね!
来週は、お仕事 頑張らなきゃ。
お粥作って、くれてありがとう、オレ 食べる!」



パジャマの袖で力任せに涙を拭った三橋の目尻は真っ赤で、強がる発言さえも痛々しい。



「…バカだよな」

「う、ぇ…?」

(アイツ、何やってんだよ…)



昨日の事を聞こうとは、敢えて思わない。
ただ、頑張り過ぎる泣き虫な親友をこのままにはできない。

小さな土鍋を載せたトレーをサイドボードに置き、泉は椀にお粥を移して三橋に渡した。



「熱いから、気をつけろよ」

「うん!」



三橋は泉に言われた通り少しずつ冷ましながら、口に運ぶ。



「泉君、美味しい!すごく美味しい よ!」

「そっか、そりゃ良かった」

「野菜と鶏のササミ に、あんかけ。
で、生姜も入ってるから、食べやすい…泉君、すごい!」



三橋は本気で言うものだから、言われた泉はむず痒くなる。



「すごかねぇよ、人に教えてもらったもんだし…。
ちなみに、そいつも全くすごくないヤツだし」

「泉君の、優しい味が する。
心が、ホッとする」



そう言って嬉しそうに食べ続ける三橋に、泉の方こそ救われる気がした。


「………お前、オレに惚れてりゃ良かったのに」

「へ…?」



泉の言葉が唐突過ぎて、聞きまちがいかと思った三橋はつい泉の顔を見る。
泉は嬉しそうな、楽しそうな笑みを浮べて、三橋に優しい目を向けていた。



「そしたらオレ、お前んコトすっげ大事にしてたのに…」

「泉、君………」



呆然とする三橋がおかしいのか、自分の言葉にウケたのか、泉はクスクス笑い出す。



「あ〜あ。
オレも、お前に惚れてりゃ苦労しなかったのになぁ。
素直だし、優しいし、一生懸命だし」

「…泉、君 褒め過ぎ だ………」

「ははっ、オレもそう思う!」



泉につられて、三橋もおかしくなって笑う。

優しくしてくれる、甘やかしてくれる、自分を分かってくれる。
そんな人だけで世界が完結できれば、確かに心地が良い。
もちろん、そんな生き方も有りだろう。
けれど、泉も三橋も分かっている。
受け入れてもらえることを前提にしなくてはいけない想いなど、本気の恋なんかじゃない。



「三橋、アレ貰っていい?」



三橋の世話を一通り終えた泉が帰る間際にねだったのは、行き場を失ってしまっていた小さな箱だった。



「あ、あれはっ」

「分かってるよ。
だから、オレにくんない?」



泉の考えが自分の範疇を超えるなどいつものことだが、今日はずっと驚かされてばかりだと三橋は思う。



「昨日のチョコ美味かったから、コイツもこのまま放って置きたくないんだけど」

「でも…」



三橋の返事を待たずに、泉は自分のカバンに箱を入れてしまった。



「明日また来っからさ、もう泣くんじゃねぇぞ」

「泉君…」

「言っただろ。
お前が笑ってくれてりゃ、オレらも嬉しいんだって。
ダチなんだからさ」

「………」



三橋は泣きそうになるのを必死に堪えて、何度も首を縦に振る。



「―もう少しだけ頑張れ、三橋」



何を頑張れば良いのか分からなかったが、冬の夜空のように澄んだ泉の瞳にただ頷くことしか三橋には出来なかった。




080211 up
(111116 reprinted)






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