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アベミハ社会人シリーズ
1)



「おい、またアイツやる気じゃね?」

「放っておきなよ、目合わさない方が身のためだよ」


興味津々の水谷に、同期の栄口はため息混じりに注意を促した。





Thanksgiving Day





秋も深まり、紅葉が北風に舞う11月。
各々、仲の良い仲間と過ごす、とあるオフィスの昼休み。
二人の陣取るいつもの席から、馴染みの光景が見える。

それは、フロアーの窓際の一角。
いつも通りの席でいつものように、私服姿の派遣スタッフ3名が楽しく昼食を摂っていた。



「学校と違って早弁できねぇのがツラいよなぁ」



デザートに持ち込んだプリンを口に運んだ田島が心底悲しげに言うと、三橋は同感とばかりに首を縦に振る。



「いいじゃん。
その分、いつお菓子食っても文句言われねぇんだから」

「泉の引出し2段分、食料で占領されてんもんな〜」

「羨ましかったら、もっと整理整頓しろよ」



田島に嫌味を言いつつも、泉は日頃から何やかやと田島と三橋にお菓子を分け与えていた。
現に、今も引き出しからキャンディーをいくつか取り出して、机にばら撒く。

同じ派遣元から来ている三人は、同じ部署に配属され、同い年であり、趣味と言わんばかり食べることが大好きで、偶然にも元野球部ということもあって、すぐに意気投合した仲である。
性格は全く異なっていたが、仕事やプライベートを通して、それぞれの長所を認め合い、短所を補い合っていた。

そして、そんな仲良し三人組の背後に、今日も忍び寄る影が一つ。



「いっつも楽しそうだな」

「あ、お、おお疲れ様 ですっ」



三橋が慌てて挨拶をした相手は、この時間には必ずと言っていいほど声をかけてくる男。



「出た〜っ、やはり今日も始まりましたよツンデレ叶!」

「本人は自覚ないんだから、何言っても無駄だよ」



水谷は喜々として、栄口は二度目の溜め息をつきながら、それぞれ評した。



「三橋は相変わらずたくさん食ってんだな」

「そ、そんなっ…こと、」



叶にそう言われて、三橋は羞恥で頬を染める。



「これ、やるよ」



そう言って、叶が三橋の目の前に置いたのはクッキーが綺麗に揃えて詰められた袋だった。



「あ…」

「さっきコンビニで買い物したから、そのついで。
午後からもちゃんと仕事しろよ」



さり気無さを精一杯装いながら、自分の席に戻って行く叶に、三橋は頭を深々と下げて礼を言った。



「他2名はアウトオブ眼中、あからさまだね」

「本当に見えてないんだと思うよ」

「てか、あのお菓子はコンビニじゃないっしょ。
わざわざ探してきたんだろうなぁ」



三橋がこの会社に派遣され、同じ課に配属されて以来、叶は何かに付けて三橋に声をかける。
つまりは、一目ぼれだったようだ。
日頃は愛想を振り撒く方ではないし、仕事中は無表情のくせに、たった一人の前では恐ろしく人が変わる。
そして、そのことに気付いていないのは、このフロアー内では当事者の二人だけである。
恋の相手にするには、三橋はあまりにも鈍感過ぎた。



「…アイツ、三橋以外にもあんな風にできねぇのかよ。
いつもは素っ気ない態度しかとらないくせにさ」



愚痴りながらも、泉は三橋よりも先に袋に手を伸ばし、開封する。



「いいじゃん、いつもお菓子くれっから。
ゲンミツに贔屓だけどな!」



田島が、誰よりも先にクッキーを頬張った。



「三橋の目当ては別だってーのに、なぁ」



泉は呆れて三橋を見た。
当の三橋は、泉でも叶でもお菓子でもない方向をぼんやり見ている。
否、見惚れている。



「…そんなに良いわけ?アレが」

「え?
良いって…あっ、えとそ れは、そのっ」



泉が尋ねただけで、先程とは比べ物にならないくらい三橋は真っ赤な顔で動揺した。

三橋が見ていたのは、自分とはシマも課も違う席。
けれど、彼の席は叶よりもずっと近く、三橋の席からだと向かいあうような位置にさえなる。

そこには、緊急の仕事が入ったらしく、昼食にサンドウィッチを囓りながら隣の席の社員と打ち合わせをしている男がいた。
上着を脱ぎ、邪魔になるらしいネクタイをポケットに突っ込み、眉間に皺を寄せながら、何やら話し込んでいる。



「…オレから見りゃ、別にフツーだけど。
好みの問題かな」

「あ、あのヒトは かっこいー、よ…」



照れながらも、三橋ははっきりと言った。



「三橋ん中じゃ、どんな人気俳優よりもかっこいーんだって!」

「た、田島君っ。
きき聞こえちゃう、よ!」



三橋の慌て様が、泉には微笑ましい。

彼とこの職場で一緒に過ごせるだけで毎日が楽しいと、三橋は言う。
自分にはよく分からないが、人生の大半を費やす労働時間内に、仕事以外にも幸せを感じられることは、ある意味羨ましかった。

そんなことをぼんやりと考えていると、三橋が急に下を向き身体を硬直させる。
振り返ると、話題の人物がこちらにやって来るのが見えた。



「わりぃ、休憩中に。
ちょっと手が離せねぇから、代わりに上の階の資料室から書類取って来て欲しいんだけど−」

「あ、おおオレっ、行きますっっ」



三橋が、日頃では考えられないくらいの勢いで席を立つ。
驚いた田島が、クッキーを喉につめて噎せた。



「サンキュ、助かる。
必要なもんはこのメモに書いてるから、入り口の受付の人に見せて。
電話で頼んだから、すぐに渡してくれるよ」

「は、はいっ」



三橋は壊れ物でも扱うかのように、彼が差し出したメモを両手で丁重に受け取った。



「うわ〜、阿部もまた三橋に頼むことないのに。
見てよ叶の顔、すっげぇ怖〜!!!」

「頼んだっていうより、三橋が自ら引き受けたようにも見えたけど・・・」

「まぁ、田島も泉も休憩中にタダでは動かないしなぁ」



水谷の話を聞き流しながら、不意に働きかけた直感を栄口は無意識に打ち消していた。





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