tale Boy meets future@ ごめん。 謝るのはきっと筋違いだけれど、他に言葉が出ない。 本当は今すぐ傍にいて、ずっとこの手を離さずにいたい。 けれど、現実それは無理な話で、本当はまだお前に出会えなくて……。 だから、約束するよ。 次に出会った時は、絶対に離さない。 約束するから―。 夏大の抽選会が終わり、明日からは早朝5時始まり夜9時上がりの練習が始まる。 陽の見える内に帰ることができるのはしばらくないな、とぼんやり思っていた。 そんな時間を惜しむかのように、オレと三橋は部室の鍵を二階の職員室に返した後、ゆっくりと廊下を歩いていた。 少しだけ残った夕暮れの光が窓からさし込み、オレたちの影を薄く長く形成する。 「明日から大変だな」 オレの三歩後ろからついて来る相棒に声を掛けると、案の定、 「へ?え、あ、うん!」 と、聞いていたのかいなかったのか分からない返事が返って来る。 おもいきり頭を振るものだから、茶色いクセっ毛が大きく揺れた。 悪気がないのは分かっているからもう怒らないが、その態度に多少ムカつくことには変わりない。 まったく…。 いつになったら慣れてくれるのだろう。 オレだって、ちょっとは傷つくんだぜ? 少なくともバッテリーなんだから、もうちょっと近付いた感が欲しい。 玄関に向かう階段を降りかけて、ふと思い付いた事を口にしてみた。 「三橋」 「な、何?阿部く、ん…?」 三橋の小さく首を傾げる仕草が、夕日で鳶色に染まった髪が好きだ、となぜかその時思った。 「隣、歩いてよ」 「…へ、う? あっ…」 三橋は一瞬にしてパニックになる。 そんな事、言われた事ないんだろうなぁ。 オレだって、今の今まで言った事なかったよ。 こんな恥ずかしいこと、普通言わねぇだろ。 でも、言わなきゃ分かんないんだろ。 気になったから言ってみたけれど、なんか照れくさい。 しかも、これで拒否られたら立場ないな…。 しかし、三橋は一拍の後、ぱっと明るい表情を見せて、オレを驚かせた。 「い、いいの?」 その言葉には脱力させられたが。 「…悪かったら、言わねぇよ」 三橋は少しもじっとしてから、じゃあ、と遠慮がちにオレに近寄った。 「……おい、」 「うっ、ひっ?!」 「…それ、まだ隣じゃないだろ」 三橋はオレの二歩後ろまでしか近寄っていなかった。 「オレの隣、ヤなの?」 わざと意地悪く聞いてみる。 すると、予想通りに必死になって首を横に振る。 「なら、隣ちゃんと来い!」 「ぅわ、はひっ!」 ホント、訳の分からない返事だな。 あまりにも必死な姿がおかしくて、つい笑ってしまう。 そういや、腹減ったな。 コンビニでも寄ってくか? 階段を降りながら、三橋にそう声を掛けようとした時だった。 自分の横で三橋の体が傾いていくのが見えた。 その光景は、まるでスローモーションのようにゆっくりと、けれどリアルに。 驚きで大きな茶色い目が更に大きくなっているのがわかる。 …………落ちる! 下の踊り場まで、二十段近くある。 反射的に三橋の身体に手を伸ばし、力いっぱい抱き締めた。 咄嗟のことだったので自分の体制を整える事ができず、一緒に落ちる。 次の瞬間、背中と肩に激痛が走り、息が詰まる。 床にぶつけた音は、どこか遠くで聞こえたような気がして奇妙だった。 ―三橋、大丈夫かな。 頭は手で守っていたから、大丈夫なはず。 まったく、お前ってドジだよな。 オレの隣に並ぶのに、焦って躓いたんだろ。 だから、目ェ離せないんだよ。 どこにいたって、何をしてたって、心配で仕方ないんだ。 大切なエースだからな、怪我なんかさせらんねぇよ。 お前は大切だから…………。 「あ…、あの、だい、丈夫 です、か?」 今にも泣き出しそうな、掠れるような小さい声がした。 あぁ、三橋無事だったんだ。 良かった。 心底、そう思った。 痛い思いした甲斐があったよ。 一瞬、意識が飛んでいたのか、三橋は既に腕の中にはいなかった。 早く起き上がらないと、コイツ本気で大泣きして自分を責めるからな。 まずは、安心させてやんねぇと。 そう思い、ゆっくり身体を起こす。 背中と肩にキツい痛みを感じ、少しむせた。 そんなに強く打ったか? 幸い、頭は無事なようでホッとした。 三橋が、慌てて背中に手をあててくれる。 「ワリ、サンキューな」 そう言いながら、三橋を目にして息を呑んだ。 ユニホーム? 練習終わったよな…? てか、その格好……… 三星のユニホーム?! 「てんめェ、なんだその格好は!!!」 胸倉を掴もうとしたが背中の激痛に阻まれた。 三橋はというと、「ひっ?!」と小さな悲鳴を上げた後、恐怖のためかオレから手を離し後ずさってしまった。 しかし、オレの不調を見て、触れないながらも慌てて傍に戻ってくる。 オレは怒りを押し殺して、もう一度三橋に問い質した。 「…なんで、ソレ着てんの?」 「へ?そ…それって?」 「だから!その、ユニホーム!!!」 三橋は理解不能という文字を顔に張り付けつつも、オレの納得できそうな答えを必死に探している、ようだ。 …理解不能はこっちだっての。 30秒くらいキョドって、ようやく応える。 「…あ う、お、オレ…三星の野球、部員だか、ら?」 「はああ?!」 オレの怒声に身体を小さくして震え出す三橋。 しかも、なぜに疑問型で回答する! じゃなくて、三星の部員て何言ってんだコイツ! さっきので、頭ぶつけておかしくなったんじゃねぇだろうな?! そんなことを思い巡らせていると、不意に手の感覚に違和感を覚えた。 …………あれ? コンクリートと砂? って、ここ外じゃねぇか。 さっき落ちた場所って確か………。 目の前にある上り階段は、明らかに公道だった。 まるで三橋みたいだ、と他人事のように思いながら、のろりのろりと頭が回転するのを感じた。 周囲をゆっくり見渡す。 最初に見た階段と後ろには車道。 自分は歩道に座っていて、その道がどこに続いているのか、左右どちらもオレには分からない。 最後に三橋を見る。 そして、先程の三橋よりも訳の分からないセリフを吐く。 「ここ、どこだよ?」 「う?」 三橋は再び理解不能という文字を顔に張り付けた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |