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tale
愛に時間を(case of A)

今朝は嫌に目覚めが良かった。
が、時計を確認するとまだ明け方の3時過ぎで一転、うんざりした。
しかも、その後は全く眠れなかったのだ。
週末の練習試合日だというのにたまらない。

試合中はテンションが上がっているせいか別段問題はなかった。
しかし、今日に限って他校のグラウンドだったので、往復は電車。
帰りの車内では頭痛がし始めた。
緩い揺れに、思わず眼を閉じてしまう。

列車内で眠るのは、あまり好きではない。
不特定多数の人間に、無防備な自分を晒すことになるのは、なんだか気持ちが悪い。
学校は関係者しかいないから、全く平気なのだが・・・。

けれど、今日だけは重い瞼がどうにもならなかった。

隣で、三橋のたどたどしくて少し甘ったるい声を途切れ途切れに聴きながら、身体の感覚が変わっていくのを自覚する。

・・・・・・あ、・・・やべェ・・・・・・・・・。

けれど、少しだけ。
ほんの少しだけ眼を閉じていたい・・・・・・。

その時聞こえた三橋の微かな笑い声に、なぜかすごく気分が良くなった。


幼い頃、弟はよく母親の膝で昼寝をしていた。
羨ましい。
とは思っていないつもりだったが、時折弟と入れ替わった自分の夢を見ることがあったのは、もしかしたら寂しさがあったのかもしれない。
そんな夢から醒めた時は、少しだけ胸に痛みを覚えた。
独りで泣いた時も稀にあった。

もちろん、それは昔の話で、今は全くそんな子供染みた夢は見なくなっていた。

なのに。

昔見たガキっぽいその夢を見た。
でも、なぜか寂しいとか悲しいとかは全く無くて、あの頃とは違うとても安心のできる温もりを感じた。
あぁ、だから弟はいつもあの場所で寝ていたのかと、今更どうでもいいことに妙に感心した。

あれ・・・・・・、でも・・・・・・、本当に温かくねぇ・・・か・・・・・・?
・・・・・・・・・オレ、なんか斜めじゃねェ?

左側の頭に現実味を帯びた温もりを感じてハッとした。

・・・誰かに凭れてる?
オレの左側は確か・・・・・・・・・・・・・・・、三橋・・・・・・。

三橋?!

一瞬にして目が覚めたが、周囲に気付かれぬよう体勢は維持した。
急に顔が熱くなってくる。
しかも、どうやら三橋も眠りかけているらしく、柔らかい髪の感触が頭上にやんわりふりかかっていた。

何やってんだ、オレは!!!
人前で何つー恥ずかしいことしてんだよ?!
三橋もオレを起こせよ!!!
一緒に寝てんじゃねェよ!
てか、どんな顔して起きりゃいいんだ?!

思考回路が空中分解しけた時、ふと大事なことを思い出した。

三橋の肩、右だ・・・・・・・・・!


「三橋」


オレは自分に対する怒りを三橋の鈍感さへの苛立ちに代えて、三橋を呼んだ。


「えっ・・・あ、阿部・・・、君?・・・・・・お、おき」

「何やってんだ、お前」

「え・・・・・・、あ、うっ」


頭は冷え切っていたが、顔の熱は下がっていないような気がして、俯いたまま怒鳴って叱る。


「肩は投手の命だろ!!!」

「あ・・・、ご、ごめんなさ・・・」


その後は三橋は少し泣いてしまうわ、周囲からは非難を浴びるわだったが、この状況を乗り越える為に、オレは理不尽とも言える非情に徹した。
我ながら酷いとは思ったが、他にやり過ごす方法があの短時間に考えられなかった。

数分もすると場は落ち着き、各々の会話に戻った。
オレは、周囲から変な突っ込みを入れられなかったことに胸を撫で下ろす。
ようやく顔の熱も引いたので、隣の三橋に視線を向けた。
右肩に手を置いていたので、気になって声をかける。


「・・・・・・・・・・・・大丈夫か?」

「うっ、へ?」


急に声を掛けられた三橋はキョドり出す。


「・・・・・・悪かったな」


しっかり言うつもりが、照れでどうしても掠れたような声しか出なかった。


「へ、平気だ よ!」


三橋は必死に言う。


「オレ、ちょっと役に立てた、かなぁって、嬉し かった、んだ」


そう言って顔を赤くするから、つられてこっちまで赤くなる。

・・・また顔上げらんねェよ。


「あ、でも、オレも寝ちゃって、阿部君の頭に・・・」

「良いよ、別に」


ただし、他のヤツの隣では絶対すんなよ。


「ちょこっとの時間、だったけど、気持ち 良かった」


そう言われて先程までの自分を思い出し、顔の熱がなかなか下げられない羽目に遭う。

あぁ、三橋はオレの身体に悪い・・・。


「・・・とにかく、替えがきかねんだから、一番に大事にしろ」

「う、うん」

「で、これからはオレの右側に座れ」

「へ?う、ん・・・?」

「・・・・・・それなら、も少し安心して寝れっから」


俯いたままこっそり三橋を見ると、その日最高の笑顔と返事をオレにくれた。




070908 up



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