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tale
愛に時間を(case of I)
「・・・う、ぉっ」


オレの二つ右隣に座っていた三橋が急に変な声を上げた。

練習試合の為、オレ達は他校のグラウンドまで行くことがある。
いつも母校でできればいいけれど、そういうわけにもいかない。
今日がまさにその日で、今は帰りの電車の中。
通常の練習が厳しいせいか皆は割と元気で、花井なんか田島あたりが騒ぎやしないかと先ほどから周囲に目を配っている。


「どうした、三橋?」


オレが訊ねると、いつものようなキョドり方とはちょっと違った困惑したような表情を見せた。


「あ・・・、オレ、の肩に・・・、あ、阿部く・・・」


お、ホントだ珍し〜!と、オレの前に立っていた田島と水谷が騒ぎ出し、うるさい!と向かいの座席にいる花井が一喝する。
三橋の右隣に座っていた阿部の頭が、三橋の肩に寄り掛かってきたのだ。
確かに珍しい光景ではある。


「ったく、しゃーねぇなぁ」


そう言いながら阿部に声をかけようとすると、三橋が慌てて止める。


「いっ、良いんだ、泉君。オレ、このまま、で」

「でも、重いだろ」

「大、丈夫!」


三橋は赤い顔をしながら、珍しく強く言い切る。
そうして阿部の頭が落ちないように、起こさないように、ゆっくりと少しだけ肩の位置を調整する。


(そんなに阿部に気を遣わなくたって良いのに・・・)



いつもエラそうに三橋に接する阿部。
三橋は、阿部の顔色を見ながら野球をやっているように思える。
オレは、そんな二人の関係にちょっと不満がある。

今日も、試合前から三橋のコンディションをチェックして試合中も「水分をちゃんと取れ」とか、「カロリー入れろ」とか細々と指図し、落ち着かない言動を目にしては怒っていた。

それらは、バッテリーとしての忠告というより、右も左も分からない子供を叱っているみたいで。
そんなトコロを見ていると、無性に腹が立つ。

確かに阿部のリードなしじゃ勝てないのかもしれないけれど、三橋をバカにするのは違うと思う。
確かにバカだけど・・・。
アイツはアイツなりに頑張っている。
9分割なんてすごいことができるくらい努力をしてきたヤツだ。
コイツだってちゃんと一人でいろんなやれるさ!
ただ、ちょっと人より時間がかかったり、他人を気にし過ぎているだけなんだ。
だいたい、三橋がオドオドするのは自分にも一因があるって分かってんのか?

なんて、心中どんなにぼやいたって当の本人に聞こえるはずもなく、阿部は一向に起きる気配はない。
それどころか、傾き具合がヒドくなったようにさえ見える。
三橋は、ヤツに合わせて肩の位置をまた調整する。


・・・三橋も三橋だぞ。
阿部にそこまで気を遣うことなんてない(オレなら既にヤツの頭を落としてるぞ)。
ちゃんとエースの仕事しているし、もっと自己主張したっていいんだよ。

三橋には、もっと自分の力を信じて欲しい、と思う。
そして、もっといろんなことを好きにやって欲しい。
中学時代の思い出のために、今をダメにしちゃったら勿体ないだろ。
だからこそ、阿部にもあの威圧的な態度をどうにかして欲しいのだ。


なのに。
なのに、アイツって・・・・・・。


一人イライラ考えていると、ふと栄口の小さな笑い声が左から聞こえた。


「何、栄口。どうかした?」


尋ねると、栄口は三橋を指して言う。


「アイツら、仲良いなぁって思って」


は?何言ってんの栄口。
どう見たって、アイツら主従関係みたいじゃん?!

そう返そうと改めて三橋を見た。
やはり、三橋は相変わらず阿部に肩を貸している。

でも。

・・・・・・あ。


三橋の首が右に傾きかけてる。
それはまるで、小さな子供が寄添って眠るようで。


三橋、寝てる・・・・・・?


「阿部も三橋には気許してんのかなぁ」


いつもはあんな寝方しないよね、と栄口が楽しげに言う。


三橋、阿部を怖がっているんじゃなかったのか?
阿部も珍しく居眠りなんてしているのは、三橋の隣だから?
三橋を信頼しているから、なのか・・・?
アイツはプライド高いから、バカにしている奴の前で無防備な自分は曝け出さないだろうし・・・。


「・・・・・・っかんねェ」


お前ら、分かりにくいよ。

いつも三橋を怒鳴る阿部。
いつも逃げ出しそうになる三橋。
それでも、阿部は三橋にサインを出し続け、三橋は阿部に投げ続ける。
揺るがないバッテリー。
バッテリーって、他のメンバーより強い信頼関係があるとは思うけれど、コイツらはちょっと歪な形をしているのかもしれない。
そして、今の二人にはおそらく精一杯の形。

二人が本当に信頼し合っているのなら、別に文句はない。

けど・・・・・・・・・。


「三橋」


急に、地を這うような低い声がした。
先程まで眠りかけていた(と思われる)三橋が、ぱっと頭を上げ青くなる。


「えっ・・・あ、阿部・・・、君?・・・・・・お、おき」

「何やってんだ、お前は」


ゆっくり身体を戻してから、俯き加減のまま、横目で三橋をじろりと睨む。


「え・・・・・・、あ、うっ」

「な、何怒ってんだよ、阿部?!三橋はお前を起こさないように・・・」

「あぁっ?!」


間に入ろうとした花井が今度は睨まれる。


「え、何?!何が阿部の気分を害したんだ?」

「三橋の頭が自分に乗っかってきたからか?」

「低血圧で寝起きが悪いタイプ、だったとか?」


皆がヒソヒソ耳打ちする。

・・・本当に訳が分からない。
コイツ、ただのオレ様主義じゃないのか?
先ほどまで、良いバッテリーかもとか思ったオレが間違っていた。

良い加減にしろよ!!!
三橋はお前の子分じゃないんだぞ!

そう怒鳴りつけてやろうかと思った時、寸でで阿部の声に遮られる。


「肩は投手の命だろ!!!」



・・・・・・・・・え?



・・・・・・・・・・・・・・・え〜〜〜っ?!



多分バッテリー以外の全員の心の中で、同じ言葉がこだましただろう。

三橋はというと、


「あ・・・、ご、ごめんなさ・・・」


と、阿部に対する突っ込みもなく、泣きそうになりながら謝る。


「阿部のヤツ、自分からもたれてたくせに・・・」

「何も怒鳴らなくても」

「オレ、三橋に同情したくなった・・・」


皆、こそこそと阿部を非難する。
阿部は俯き加減のまま一同を睨み付け、無言で黙らせた。
そして、座席に深くもたれる。

三橋は怯えつつ阿部の様子をうかがっていたが、先程までヤツがもたれていた肩にそっと左手を載せてほんの少し笑みを浮かべていた。


何で・・・・・・?


数分後、阿部の怒りはなかったことにし、皆がそれぞれ別の話をし始めた頃、阿部は俯いたまま三橋に何か話しかけていた。
三橋も何か答えている。
オレからは聞こえなかったけれど、少しして三橋は今度は本当に嬉しそうに頷いていた。

・・・今日のところは、阿部を許してやろう。
三橋もなんだか楽しげだし。

でも。
でも今度三橋をバカにしたら、オレはきっと・・・・・・・・・・・・。


070904 up




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