[携帯モード] [URL送信]

tale
月蝕(eclipse of you)
ふと不安になった。
遠い月を見上げる君は、どこかへ行ってしまいそうで。


いっそ、ずっと君を抱き締めていられたらいいのに…。





月蝕(eclipse of you)





「あ」

部活のいつもの帰り道、急に三橋が声をあげた。

「どした?」

栄口が声をかける。

「月がヘン、だ」


は?
何言ってんだコイツ?
と思いながらも夜空を見る。

「さっきまで、半分見えていた、のに、」

今はとても細い。



「あぁ、確かこれって」

「月蝕だな」

無意識に栄口の言葉を継いでしまった。


「そういや、朝のニュースでも言ってたな」

「忘れてた」

口々に言いながら、それぞれ月を見る。


「ゲッショク?って何で起きるんだっけ?」

田島が不思議そうに聞き返す。
三橋も同様、頭には疑問符が飛び交っているらしい。


野球部二大バカめ・・・・・・。


「太陽と月の間に地球が入った時に、地球の影が月に映って欠けたように見えるんだよ」

我等が家庭教師、西広が呆れもせずに二人に教えた。

「え!マジで?!
じゃ、あれはオレ達の影なんだ!」

田島の思考回路はいつも一足飛びだ。


「……間違ってはいないけど」

溜め息混じりに言いながら、花井は肩を落とす。

「すげぇな、三橋!
あれ、オレ達の影なんだって!
あんな遠いのにすげぇすげぇ!!!」

「うん すごい!」

田島と三橋は大はしゃぎ。


「無邪気で良いよなぁ、子供は」

「タメだろ、お前も」

水谷の冗談に、冷たい泉の突っ込み。

皆、少しの間月を見ていたが、極度の疲労と空腹の為、またすぐに自転車を押して歩き出す。
三橋だけがまだ月に見とれていた。


アイツ、月を見ながら帰ったりすんじゃねェだろな。
やり兼ねない、挙げ句には派手に電柱にぶつかったりするに違いない。

オレは皆が先に行ってから、まだ上空に気を取られ続ける三橋に近付いた。


良い加減にして帰るぞ。

そう言いかけて、言葉を飲み込んでしまった。


色素の薄い三橋が街灯の光で、溶けそうにみえたから。
いつもの茶色い目と髪が金色に見えて、あの月が完全に姿を隠すと同時にお前まで消えそうで―。

無意識に三橋へと伸びる腕に気付いて焦った。



イカれてんなオレ。



なんだか気恥ずかしくて、三橋から目を逸らし、月を見上げる。


月蝕ってそんなに不思議な光景か?


普段は見せない月の形。
特別な表情。
でもそれは、気にしていなければ気づかない。
長い時間の中で変わっていくから。
ちゃんと見ていなきゃ・・・。


まるで、投げる時のお前みたいだ。
他の奴等はきっと気にかける程には思えないかもしれないけれど。
あの時だけは、いつもと違う顔で―。




「うわっ」


またもやうっかり自分の世界に浸っていると、急に背後からタックルされたような衝撃を受けた。


「な?!」

驚いて振り返ると、三橋が右手に自転車を掴んだまま、左手でオレの腰にしがみつき、背中に顔をギュウギュウ押し付けてくる。


バっ・・・、何やって―?!


周囲に視線がないか、反射的に確認してしまう。
顔が熱くなってきているのは、多分気のせい、じゃない。


何なんだよ、一体…?


呼吸を整えて、何でもない素振りをしながら三橋に声をかける。


「・・・んだよ?」

三橋は、黙ったまま動かない。


この体勢、いろんな意味でヤバいから早く解放してほしい…。


「躓いたか?」

違うと分かっていたが、状況打開の為に沈黙を避ける。
案の定、三橋は大きく首を横に振った。

「じゃ、何なの?」


・・・・・・三橋、もしかして泣いてんのか?

背中に湿度を感じて、少し焦る。


「なぁ、三橋」

「あ、阿部君が―」


は?オレが何?


「・・・べくんが、どっか行っちゃ、うみたい、で」


はぁ?

何を言い出すんだ、コイツは。


「急、に怖くなっ・・・て・・・」


怖いのは、お前の発想だよ・・・。


「オレがどこへ行くっての?」

「分かんない、よ。
だから、怖くて…」

泣き声が少し度を増す。


「だっ、て、影が・・・月まで届くなら」

君さえもあんな遠くまで行けてしまう気がして―。



突拍子もない空想だな。
でもオレは笑えない。
だって、ついさっきまでオレも似たようなことを考えていたから。



「行っちゃっても、平気なんじゃね?」

「えっ?」

驚いて三橋が顔を上げる。


「お前の影だって月に届いてんだから。
それに、その時はお前も一緒に来るだろ」

てか、おいて行くなんて有り得ないけど。


「―う、うん!
 行くよ、一緒に!・・・・・・フヒ」

やっと笑った。


まったく重症なバッテリーだな、オレたちは…。



「おら、さっさと帰るぞ」

「うん!」



月の異変が、オレたちをおかしくしてんのかな。
馬鹿みたいな非現実的な事を妄想して、揺れて、互いを求めて・・・。

いや、月のせいじゃねぇかも。
もう、ずっと前から狂っているのかもしれない。
だから、今でも擦れ違って不安になって、傷付けあって、また傍にいて―。


それはきっと、オレたちが互いの存在を知った時から。


070902 up




[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!