tale
占イマス(Page2)
錆びたドアから中へと入ると、まず物置と化した薄暗い通路があり、十歩ほど進むとバーのカウンターに出た。
カウンターには数席の椅子、テーブル席は二人掛けが三席。
店内はまだ十分に空間があるのだが、一人で捌くにはこれくらいの数が限度だと男は笑った。
今は、サラリーマン風の男が二人、テーブル席でワインを傾けながら静かに談笑している。
流行ってはいないのかもしれないが、落ち着いた雰囲気のいい店だ。
「−で、占い師さんはどこに…?」
文貴は店よりお目当ての人物が気になるのか、先程から落ち着きがなくて鬱陶しい。
「ん?あぁ、あそこ。
ちょっと待ってて」
男は店の隅を小さく囲った黒い衝立に、足早に向かった。
「お〜い、お客様だぞ。
…大丈夫か?まだいける?」
占い師の具合でも悪いのだろうか。
気遣うような男の声が気になる。
「―そか、じゃ入ってもらうな」
男は、オレたちを振り返って手招きした。
「どうぞ、二人入れるから」
「いや、オレはあっちで―」
「一緒に居てよ〜」
「何でだよ?!」
「一人で聞くの怖いじゃん」
怖いもの見たさというやつかどうか知らないが、はた迷惑も甚だしい。
二度と従兄弟には付き合うまいと心に誓いつつ、他の客もいる手前、今回は仕方なく従った。
「え…?あれ?」
先に入った文貴が、変な声を出して立ち尽くす。
余程奇妙な様相の占い師なのかと覗き込んで、今度はオレが驚くことになった。
小さく丸い黒テーブルの先に座っていたのが、オレたちより少し年下くらいの小柄な少女だったからだ。
明るい色のふわふわの長い髪。
緊張しているのだろうか色白の顔が、少し紅潮している。
そして、オレたちを驚いたように見つめる大きな瞳。
身につけたワンピースとリボンはよく似合うが、幻想的な少女を俗世に留ていめるような黒色が、何故か気に入らなかった。
「じゃ、後よろしくな。
あ、飲み物、すぐに持ってくるから」
呆然とするオレたちにお構いなく、青年はカウンターに戻ってしまった。
「え、と……占い師、さん?」
文貴が遠慮がちに尋ねると、少女は少し身を強張らせてから何度も頷いた。
「そっか、ごめんね〜。
サークルの女の子に場所は聞いてたんだけど、占い師さんがどんな人かまでは聞いてなくてさ。
あんまり若くて可愛らしいから、オレ間違っちゃったかと思って」
先程まで怖いと縋り付いていた弱気はどこへやら、自分より年下らしい少女にすっかり和んでしまっている。
しかも、彼女持ちのくせに、いとも簡単に軽い言葉を並べ立てる。
「あのさ、実は彼女との将来を占って欲しいんだよね。
去年の春から付き合ってんだけど―」
文貴はやたらとフレンドリーに話すが、相手の緊張はまだ取れないようで、言葉一つ発せず、俯いたままひたすら頚を縦に振る。
「―でね、彼女と将来について最近考えるようになって。
したら、サークルのコが良い占い師さんを知ってるって言うから、じゃオレも占ってもらおうかなぁって思っちゃって。
彼女は占いとか興味ないんだけどね。
あ、別にどちらかが冷めてきたとか、喧嘩したとかじゃないよ。
今もラブラブなんだけどさぁ、これからもずっとこのまま居られるのかなぁって、ちょっと心配になっちゃって。
彼女、オレが言うのも何だけど、結構モテるんだよね」
聞かれてもいないのに、出会いから今日までの経緯を立て板に水の如く喋る従兄弟に呆れ果てていたオレは、運ばれたブランデー入りの紅茶で気を紛らわせる。
人ののろけ話ほど退屈なものはない。
「まぁ、まだ先の話なんだけど。
できれば、そのぉ、つまり『結婚』?なんてできたらいいなぁ、なんて」
コイツが結婚なんて言葉にすると、まるでママゴトみたいだと、照れるお気楽顔に心の中で突っ込みを入れる。
「けどさ、結婚っていろいろ障害もあるじゃない?
それを乗り越えていけるかなぁ、とか考えちゃうんだよね。
あ、オレは大丈夫なんだけどぉ」
そこまで従兄弟が喋った時、今まで俯いたままただ頚を縦に振っていた占い師が、顔を上げ真っ直ぐに文貴を見つめた。
店の照明で琥珀に光る大きな瞳に、視線を交えてもいないのに、意識を丸ごと持っていかれるような感覚を覚える。
毅然とした猫のように隙がなく、静かな湖のように澄んだ空気が、最初の少女とは別人のように見せる。
随分長く時が経ったような気がしたが、実際は十秒もなかったかもしれない。
ゆっくりと、形のいい薄紅の唇が微かに動いた。
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