tale
占イマス(Page1)
日付が変わったばかりの、とある真冬の深夜。
雪が降らないとはいえ、凍てつくような冷たい空気は纏わりつく。
晴れ渡る星空の下、オレは自身の軽率な行動を心底呪っていた。
何故こんな処まで来てしまったのだろう。
「へぇ〜、ここかぁ」
久しぶりに遊びに来た従兄弟と、休み前だからと居酒屋で飲み過ぎたのがいけなかった。
「やっぱスゴイなぁ」
帰る前に寄りたい場所があるというから、気分を良くしていたオレはつい承諾してしまったのだ。
「雰囲気がサイコー!」
「サイコーじゃねェよ!!」
怒りのあまり、オレは従兄弟の膝裏を蹴り飛ばした。
ネオンがほとんど差し込まない、まるで街に忘れられてしまったかのような細い路地。
両脇に並べられたごみ箱や段ボール。
木枯らしすら届かない湿っぽい地面。
その先には、ノブが取れかけ寸前になった錆びたドアが立ちはだかる。
そして、ドアに貼られた破れかけの紙には、小さな細い字でこう書かれていた。
― 占 イ マ ス ―
「何すんだよぉ、タカぁ。
大事な足に何かあったら試合出られないじゃんよ〜」
文貴の軽い調子の声は、怒っているんだか怒っていないんだかいつも分からない。
「出らんねぇ方が反ってチームの為だ、クソレフト」
「ひどっ、またその話すんの?!1回やっただけじゃん!」
コイツと同じ大学でなくて、本当に良かった。
試合中のエラーに1回も2回もあるか。
酔いが醒め、心身共にすっかり冷えきったオレは踵を返した。
「帰る」
「えっ?あ、ちょっ、待ってよ!」
「んだよ」
「ヤだよ〜、せっかく来たんだから付き合ってよ〜。
終電だって無くなっちゃったよ〜」
怪しげなドアの方へと引っ張ろうとする文貴を、思い切り振り払う。
「んなに行きたきゃ、一人で行けよ。
オレがああいうの嫌いだって知ってんだろ!」
「知ってるよ〜、だから黙って連れて来たんじゃんか〜」
「黙ってて、事態が変わるかよ!
そもそも、こんなとこ男二人で来るヤツがいるか、気持ち悪ィ!
そんなに一人が嫌なら、今度彼女連れて来い!」
「それはダメだよ!」
「はぁ?!」
「だって、彼女との未来を見てもらうんだよ!
悪い結果だったらどうすんのさ?!」
恋する男というのは、何と身勝手な生き物だ。
彼女の為に、身内をダシにしたというのか。
「…いっそ、女と一緒に来て、生涯の伴侶がどこの誰か占ってもらえば、話は早ぇんじゃねぇの?」
「なっ!
これだからタカはモテないんだ、デリカシーゼロの生粋朴念仁!」
「んだとぉ!」
「あのぉ、」
「「?!」」
つい阿呆な従兄弟の暴言にのってしまい、あの寂れたドアから人の良さそうな青年が顔を覗かせていることに全く気づけなかった。
「喧嘩っすか?」
「あ〜、いや、違うんです!
ちょっとした言葉の行き違いでして、」
何が言葉の行き違いだ、と言ってやりたかったが、穏便に済ませるには今は文貴に合わせてやるしかない。
「なら、良いんですけど」
「すんません、騒がしくして」
「いやいや、店の裏から男の声が聞こえるのって珍しかったから」
「うら?」
オレは思わず聞き返した。
確かにその扉は、表玄関には見えないのだが、それなら何故あんな貼り紙をしているのかと疑問だったからだ。
「え?…あっ、あ〜、そう、一応ここは店の裏口。
表はバーなんだ」
そう答えた男は、バーテンダー風の格好をしている。
恐らく店員だろう。
「何で分けてんですか?」
「客層が違うからだろ」
横槍を入れた文貴を窘めると、男は苦笑いした。
「そーいうんじゃないんだけどね。
とりあえず、入ったら?そこじゃ寒いでしょ」
「はいっ、ありがとうございます!」
「じゃ、オレはこれで」
「え〜っ、一緒に来てよ〜」
「だから、嫌だって―」
「付き合ってあげれば?ここまで来ちゃったんだし」
経緯を知らない男の無責任な提案に、文貴は嬉々として頚を縦に振る。
「いや、オレ占いとかキョーミねぇし」
「熱い紅茶でも奢るよ、ブランデー入りの。どう?」
「ありがとうございます!」
「てめぇが返事してんじゃねぇよ!」
頭を小突いても文貴がへらへらと笑っているのは、彼の申し出をオレが断るはずがないと踏んだから。
それが気に食わなくて、おまけにケツも蹴ってやった。
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