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tale
Re.Start



※Attention!
阿泉前提の阿→三←泉です。






キャンパスから数駅先に、小さくて古びたカフェがひっそりと営業している。
雑居ビルの1階にあるその店は、入り口は狭いが奥行きがあり、手前から縦長にカウンター、テーブルと構えていた。
駅近くなのに路地裏になるため、意外と人目につかないし、珈琲が値段の割に旨い。
店も古いとはいえ清潔感があり、緩やかに流れるジャズも心地好い。
オレと連れの待ち合わせに、格好の場所となった。

そして、もう一つの理由。



「あ、いらっしゃい ませっ」



外見は同年代としか思えないのに、子供のようなたどたどしさと屈託のない笑顔で迎える青年店員が、黒いエプロンで出迎えてくれる。
最初に訪れた時も、すぐ目に飛び込んできたのは、蜂蜜色の髪と目を明るく揺らすこの笑顔だった。



「ちす」

「学校、もう終わり?」

「おう。
ヤな教授の講義が〆だったから、ホント疲れた。
悪ぃけど、今日も奥使わせて」

「ど、どうぞっ。
空いてる、よ」



いつも連れの為に頼んでやっているが、本当はどの席だってオレは構わない。
むしろカウンターの方がいいから、一人の時はそうしているくらいだ。
この店に訪れた時から、待ち合わせる目的が既に変わっているのだから。

連れだって、本当はそうだ。
気付かれていないと思っているだろうが、全身からオーラが出まくってるから、オレにはバレバレだ。



「カプチーノでいい?」

「疲れてっから、メープルシロップも少し入れて欲しいなぁ」

「ふふっ。
いい よ、今日はマスター休み、だから 内緒だ」



そう言って、またあの笑顔を見せてくれるから、オレも嬉しくて笑ってしまう。



「サンキュ、今度何か奢るよ」

「えっ?あ、いっいいっよ!
気 遣わない、で―」

「気なんか遣ってねぇよ、ただのお礼。
そうだ、お菓子好きだろ?
こないだ、兄貴のダチに変わったの教えてもらったから、それ持ってくる」

「で、でも」

「だからさ、ここで一緒に食おうぜ。
マスター休みの日に」



内緒だと言わんばかりに、人差し指を口元に当てて片目を閉じると、青年はまた笑ってくれた。

彼がカウンターに戻って程なく、店の扉が開かれた。
連れがようやく到着したようだ。
入ってくる時は、いつも不機嫌そうにしているが、実は平常心を保つのに本人は必死だ。



「い、いらっしゃい ませ…」

「―アイツ奥?」



愛想笑いの一つもできない上に低い声で話す連れは、かなり怖がらているから、オレの時と違って青年の声が小さい。
今の問い掛けにすら、首を縦に振るだけの返事しかできない。
テーブルに設置された長椅子は背もたれの丈があるから、その様子まで見えないが、いつものことだからよく分かる。



「何か早ェんじゃねぇの?」

「講義が早く終わったんだよ」



連れが向かいに腰掛けながら尋ねてきた声こそ、正しく不機嫌そのものだったが、オレは顔も見ることなく、フェースブックを弄りながら答えた。
連れは何か言いたげな雰囲気だったが諦めたのか、ナップサックからスコアブックを取り出し、データ分析を始める。
それからはコーヒーカップが運ばれるまで、オレ達に会話はない。
大学が違うオレ達の週に一度の逢瀬は、いつもこんな感じだから、青年はオレ達の本当の関係を知る由もない。



「お待たせ しまし、た」



そう言って、ゆるゆる動く青年の運び方は、むしろセルフサービスで良いですと言いたいくらいに危なっかしいが、実は一度も粗相したことがないと聞いてからは、心配しないことにしている。
最初に、連れが慌てて手を貸そうとして、逆に危険な状態になったこともあるから余計だ。
オーダーはどちらも定番、連れにはアイスコーヒー、オレにはカプチーノ。
今日は、小さな紅葉がフォームミルクで模られていた。
笑顔で礼を言うと青年も照れたように笑う。
連れはそれが面白くなくて、眉間に最大限の皺を作り、それがまた青年を怖がらせることになっている。
これもまた恒例になっているのだが、オレの術中に嵌まっているなんて、連れは微塵も気づいていない。

けれど、それも今日で終わり。
今から更なる策に嵌め、ネタばらしもするつもりで此処にきたのだから。



「―あのさ、別れてくんない?」



いつもの野球の話題とは余りにも掛け離れたオレの話に不意をつかれ、アイスコーヒーを飲みかていた連れは、危うく噎せかけた。
こちらに背を向けカウンターに戻ろうとした青年の耳にも、当然オレの声は届いている。



「―は?」



そうだよな、今のお前にはそんくらいのリアクションしか返せない。
自分が気移りしてしまったことも、オレにフラれるなんて事態も、その高すぎるプライドが邪魔して許せないんだろ。
だから、一人じゃこの店にさえ入れない。
けれど、彼にオレ達の関係を知られたくもない。
本命にフラれた腹いせに、同じ立場だったオレを慰めるフリして付き合い出したあの時から、何も成長しちゃいないんだ。

でも、そんなんでこの先どうすんだよ。
下らないお前のジレンマに、オレは付き合う義理はない。
傷の嘗め合いで始めた関係に、プライドもクソもあるか。

守りたいと思えるものを見つけた以上、オレはひと時だって無駄に生きたくはないんだ。



「お前、何言って―」

「好きな人いるんだ。
だから、別れて欲しい」



本気で驚いている様が、悲しいくらいに笑える。
仕方がないことだ。
そもそも連れは、オレを理解しようなんて端から思ってなかったろうし、この店に来てからは、オレを見てさえいなかったのだから。

青年は、いつもと違うオレ達を思わず振り返る。
オレは、それに気付かぬフリをして、連れに向き合う。



「…訳わかんねェよ」

「わかんなくていいから、OKだけくれればいい」

「おい、」

「いいだろ、別に。
どうせ最初から、オレのことなんて何とも思っちゃいなかったんだし」

「それは、」



明確にノーと言えない連れの後ろめたさを、ありありと感じる。



「それと、金輪際この店には来ないで欲しい」

「はぁ?!」

「オレ、ここに毎日来るから」

「!」



その時の、ようやく全てを悟った連れの顔は、今まで見た中で一番本音が出ていた。

青年を背にする形で連れを座らせて、正解だと思った。
今の連れを見たら、きっと彼は同情するだろうから。
それでなくとも、彼は連れに惹かれかけているのに。
ずっと見ていれば、分かることだ。
気づいていないのは、今と同様、自分のことしか考えていないこの男だけだ。

だからこそ、この男にだけは渡せない。
彼の手を取るのは、オレだ。





昨日の恋人は今日の敵。

そして、ここからオレ達の本気のストーリーが、ようやく始まる。





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