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tale
call your name


誰かの名前を呼ぶことが、こんなに特別に感じることだったなんて今まで知らなかった。
お前の名前を呼ぶと、オレのいろんな感情が全部その声に乗っかってしまうみたいで、最初は正直怖かった。

けれど……。
たとえば言葉にすることが困難なことも、お前の名前を呼ぶ声に思いを込めれば届くかな、なんて思ったりもする。



「三橋」

「うぁっ、は、はいっ」

「……だからキョドんなっての」



グローブで軽く頭を叩く。
三橋は小さな声で「テッ」とか言ったけど、こっそり顔を覗いてみると笑っている。
オレが本当はじゃれるようにお前に声をかけてるの、伝わってるような気がしてちょっと恥ずかしかった。





「………三橋」

「ヒッ!
ご、ごめっ―」

「分かってんならちゃんとやれ!」



オレが名前を呼んだだけで何が言いたいのか分かったらしく、三橋は先に謝る。
謝るくらいなら気のない投球しなきゃいいのに、と思うけれど名前を呼ぶだけでオレの言葉を、思いを受け取ってくれているみたいで、悪い気がしない。





「三橋!」

「あ、ど、どうしたの、阿部くん?」

「部室にノート忘れてくんじゃねーよ」



用事があるから名前を呼ぶんだけど、どうしてこういう時に限ってお前はキョドんないで聞いてくるんだろ。
お前を心配して呼んでるって伝わってる?





「三橋〜」

「阿部、君。
暑いよね、今日 は」

「……おう」



だから、何でこういう時だけオレが言いたいこと分かんの?


それはすげえ嬉しいことだけど。
でも、馬鹿なことを考えてしまう。
そんなに伝わるんならって、オレでも期待したくなってしまう。
言葉にしなくても、お前にオレの気持ちを届けられるんじゃないかって―。





「三橋―」

「阿部、く ん……」



なあ、三橋。
今、オレが何を思ってお前の名前呼んだのか分かってんの?

何でいつもみたく視線逸らさねえの?
何でそんなに必死にオレの目を見るの?
何をそんなに言いたげにしてんの?



不意にブラウスの左の袖を掴まれる。
三橋が俯く。



なあ、三橋。
今、お前は何を感じたの?
オレの思いに気付いたの?



「三橋―」



ダメ押しでもう一回呼んでみる。
もっと優しく、もっと深くお前の心に届くように。



それは、お前が顔を上げ、オレがお前を捕える5秒前―。




071125 up


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



阿部君はいろんな声でオレの名前を呼ぶ。
怒った声、笑った声、心配そうな声、優しい声、辛そうな声。

けれど。
それに気がつくのは、いつも後からで。
オレは、いつも頭より身体が先に反応してしまってビクついたり逃げようとしたりしてしまう。

それは阿部君が特別だからなんだって気がついたのは、もっともっと後で。
考えるより先に、心が動いてる。
嫌われたくないって、呆れられたくないって。
そんな身勝手な感情が先走ってしまって、後からいっぱい後悔する。

だから。
今は、逃げちゃダメだって思った。
本能が、オレの中のオレが言うんだ。



「三橋―」

「阿部、く ん……」



阿部君。
今、オレが何を思って君の前に立ち続けるか、逃げずにいるか分かる?

どうしていつもみたいに次の言葉を継がないの?
どうしてそんなに苦しそうにオレを見るの?
どうしてもっと声を聞かせてくれないの?



オレの思いを伝えたくて、阿部君の気持ちを知りたくて、阿部君のブラウスの左の袖を掴む。
沈黙に耐えられなくなって、とうとうオレは下を向いてしまう。

でも、逃げたくない。



ねえ、阿部君。
今、何を考えているの?
オレの思いに気付いたの?



「三橋―」



やっと、阿部君が呼んでくれる。
その声は優しくて、深くて。
オレの心の奥にまで響いてくる。



それは、君に引き寄せられ、オレが君に堕ちる5秒前―。




071127 up

(110910 reprinted)

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