tale
君と僕(ミズ⇒サカ)
「あれ〜、水谷こんなトコで何してんの?」
栄口のセリフにオレは多分曖昧に笑った。
オレの家から遠い、栄口の自宅から近いスーパーの前。
しかも部活帰りの格好のままふらふらしているのだから、それは不思議だろう。
先程までのオレは、第三者から見ればちょっとした不審者だったはずだ。
スーパーの入り口付近を長い間行ったり来たりしている高校生なんて、悪いことしか考えていないってきっと思われていただろう。
携帯を弄るふりをしながらやり過ごしたけれど、結構キツかった。
過ぎ行くおばサマ方の視線か痛くて…。
そんな思いをしても止どまっていたのは、栄口がここに来るから。
今日はミーティングの後、一度帰ってから買い物に行くと栄口から聞いていた。
だから、待ち伏せしていた。
偶然を装って、一緒に買い物をして、家まで荷物持ちについてって………。
そして?
オレは栄口を待ちながら、携帯電話を弄るふりをしながら、ずっと自問自答していた。
オレは栄口に何をしてあげられるのだろう。
いつも優しく笑って、楽しく話をしてくれて、オレのバカにも付き合ってくれて。
他にも、栄口からもらったものはたくさんあるのに…。
今だって、こうやって栄口を待っているのも、彼が望んでいることではない。
オレが衝動的にしていること。
所詮は自己満足でしかないのだ。
ただ、ちょっとの時間でも君の傍にいて何かしていたいだけだ。
そんな風に自己嫌悪に陥っている時に栄口がやってきたものだから、オレはちゃんとした笑顔の準備ができていなかった。
「誰かと待ち合わせ?」
君を待ってたんじゃん。
「あ〜…と、ダチが貸した漫画返すからって呼ばれて…」
「そか。
じゃ、オレは買い物あるから…」
「あ、オレもう用事終わったから付き合うよ!」
栄口が目を丸くして驚く。
そりゃそうだ、遠足のお菓子を買いに来たガキじゃないんだから。
「良いよ、疲れてんだから早く帰んなよ」
「えと…、オレも買い物あって…」
「そうなの?
じゃ、一緒に買い物しよっか」
本当は買い物なんかないくせに適当な出任せを言うオレに、栄口はいつもの笑顔で返してくれるからほっとした。
カートに買い物カゴを載せる栄口の後ろを、オレはついて行く。
そのカートオレが押してくよって言ってあげたかったけれど、拒まれるのが怖くて動けなかった。
「…今晩は何作るの?」
「カツ丼」
「え?!作れんの?!!」
「作れなきゃ、言わないよ〜」
栄口が呆れて振り返る。
それはそうなんだけど…。
「やっぱカツもつくる…んだよ、ね」
「そうだよ」
その方が安いし美味いしねって栄口は笑う。
食材選びも慣れたもので、スムーズに売り場を回り、迷うことなく材料をカゴに放り込んでいくのを、オレは感心して見入ってしまった。
オレが同じ物を揃えようと思ったら、何度店員に尋ねなくてはいけなくなるだろう。
「あれ?水谷の買い物は?
オレもうレジに行くよ?」
栄口に言われて、オレはようやく我に返った。
そうだ、オレも何か買わなきゃ。
小腹が減っていたから、チョコレート菓子を適当に手に取って慌ててレジに並ぶ。
栄口はちょうど精算をしているところだ。
顔見知りなのか、レジのおばさんと二、三言葉を交わしている。
学校とは違う栄口だ、と思った。
ちょっと子供の顔をして笑っていた。
「知り合い?」
スーパーを出てから栄口に聞いた。
「え?誰が?」
「さっきのレジのおばさん」
ああ、と栄口は答える。
「近所に住んでいる人なんだ。
オレのことなんか産まれた時から知っててさ、たまに昔話されんのが恥ずかしくて…」
そっか、だから子供の顔してたんだ。
良いな、あの人。
オレの知らない栄口を知ってんだ。
おばさんに妬いても仕方ないけれど…。
「荷物、そっちの持つよ」
そう言うと同時に、オレは栄口の左手にあった買い物袋を取り上げる。
栄口に抵抗する間を与えなかったから、あっさりと奪えた。
「いいよ〜。
水谷、帰る方向違うだろ」
「どうせ暇だし、近くまで持ってってやるって」
こんくらいさせてもらえなかったら、今日のオレはただのバカだ。
「…水谷、どうしたの?」
「え…?」
「今日の水谷、なんかヘン」
真剣に言うから驚いた。
…そんなにヘンですか?
ちょっと傷付くなぁ。
「…食べる?」
オレは栄口の質問には答えずに、さっき買ったチョコレート菓子の箱を開けて栄口に差し出す。
「水谷……?」
「オレさ、三橋の誕生日ん時に栄口がケーキを半分こしよって言ってくれたの、すげぇ嬉しかったんだよね」
「はい?」
「栄口も兄弟がいるから分かるかもだけど、大抵お菓子なんて姉ちゃんと分けっこだから、やっぱ独り占めしたいってオレは思っちゃうんだよね」
「…?」
「でもさ、栄口はあっさりと半分ずっこしよって言って…。
そん時、なんで親が煩く姉ちゃんと分けっこしろって言ってたのか、やっと分かった気がしたんだ」
「……なんでだったの?」
尋ねる栄口の左手をそっと取って、箱の中のチョコレート菓子を掌にいくつか載せてやった。
栄口の手には優しい温もりがあって、なんだか心まで温かくなる。
「あれはきっとお菓子を分け合ったんじゃなくて…、幸せを分けっこしてたんだ」
「……だから?」
「だから、」
友達のままでもいいから―
「栄口といろんなモノを半分こしたいって思ったんだ」
「………」
「幸せなんて大袈裟なものじゃなくても、例えば今みたいに荷物を分けっこしたり、お菓子を分けっこしたり…さ。
せっかく近くにいるんだから、そうやっていけたらいいなって。」
どれだけのことをしてあげられるかなんて分からないけれど…
「そしたら、もっと栄口のコト分かると思うし、嬉しいコトは倍にツラいコトは半分にしてあげられるかも、だろ?
………ってただの自己満足ですケド」
最後は照れ笑いして、自分から誤魔化してしまった。
栄口が真剣に聞いてくれていたから、つい語ってしまった自分が恥ずかしい。
栄口はオレがあげたチョコレート菓子をしばし見つめた後、肩を震わせ始めた。
感動して泣いている。
わけでは当然ない。
「…ちょっとぉ、笑うトコロじゃないよ〜、栄口クン」
本気で言ってんだよ。
なのに、その反応はアンマリでしょ…。
栄口は、必死に笑いを噛み殺して弁解する。
「ご、ごめ…、だって水谷が…あんま、真剣、だから…」
そこまで言うと、今度は本格的に笑い出した。
だから、本気で言ったんだって…。
「栄口〜!!!」
「あはは、ごめんごめん。
だって…、ハハッ、それってプロポーズみたいなセリフだからさぁ」
栄口の言葉で、オレは頭と顔を沸騰させた。
あれ?そんなスゴいセリフだった?
オレ、そんなつもり……。
栄口が笑い転げてくれていて、ちょっと助かった。
でも…
君がそう思ってくれるのなら、いっそプロポーズしてみようか。
「ありがとう、水谷」
気がつくと、栄口は笑いが収まったらしく、今度は真直ぐにオレを見て静かな笑顔で言う。
かなり笑ったせいで、目を少し赤くしている。
本当に言っちゃおうか、オレの気持ち。
「あの―」
「ありがたく分けっこしてもらうよ。
水谷に可愛い彼女ができるまでは、ね」
…………え?
「好きな子できたらさ、さっきの言ったげなよ。
きっと喜ぶと思うよ」
そんな爽やかに言われても、困るんですけど…。
てか、君にだから言ったんだよ?
「しくじったな…」
「ん?何か言った?」
「何でもない」
もういいや、とりあえず今日は。
だって、今のままでもいいからって思ったのも本当だし。
オレの隣で楽しげにしている栄口を見ていたら、それだけで満たされたから。
そうだ、さっきの言葉「プロポーズみたいだ」と言ってくれたのだから、今度は口説き文句として君に届けよう。
精々、その日までにもっと良い男になって、さ―。
未来の君とのあれこれを考えて、ちょっとだけ笑った。
それまではずっと隣で、君の友達でいるよ。
071024 up
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