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アベミハ大学生シリーズ
9P
病院の帰りにスーパーに寄って、三橋に食料を買い込んでもらってからオレ達は帰宅した。

車の中では、オレが三橋との近距離に今更ながら動揺なんかするものだから大変だった。
病院で三橋の手を握ったのが間違いだった。
三橋の運転に慣れてしまったのもあって、意識がどうしても三橋にいってしまうのだ。

疚しい気持ちを押さえるのに必死で黙り込んでいたら、「疲れた?」とか呑気に三橋が聞いてきた。
自分が獲物にされそうだなんて危機感は、これっぽっちも持っていないらしい。
アパートに無事辿り着いた時は、病院に到着した時とは全く違う疲労感に見舞われた。

部屋に入ると、三橋はオレに着替えを急かしながら寝床の準備をする。
休めという意味以外の何ものでもない行動だが、分かっていても妙に浮つく自分のイヤらしさに呆れる。
先程までの疲労感は今や消滅していて、どこまでも身勝手にできている身体だとつくづく思い知った。
日毎にならまだしも、一日の内にこんなにアップダウンを繰り返すってどうなんだ、と心の中でツッコミを入れた。



「阿部君、着替え終わったら、すぐ横になって。
あ、それとも、お粥食べる?」

「あのさ、」



その前に、オレは言わなきゃならないことがある。
どんなに傍に居てほしくても、やはり今日は三橋を家に帰さなくてはいけないから。



「三橋、その前に話―」

「それは、阿部君が起きてからで良いよ」



やっぱり、言うと思った。



「あのな、オレの風邪移っちまわない内にお前は帰った方が良いんだよ。
だから、」

「オレ…今日は、ここに居たい…」



予想通りの展開。
そして、その展開に喜んでいるのは紛れもなくこのオレ。

―ダメだ、いくら何でもここでOKを出すのはヒド過ぎる。



「だ、大丈夫だよ!
絶対に移ったりしないから!」

「お前が決められる問題じゃねぇだろ、バカ」

「うっ、でも…」



訴えるような目でオレを見る三橋は、さしずめ天敵と知らずに遊んでくれと狼にせがむヒヨコだ。
三橋が無自覚なのは分かっているが、あまり煽らないで欲しい。



「と、とにかく、阿部君が起きてから、どうするか決める。
から、今はちゃんと休んで」



いや、起きてからじゃマズいんだって。

しかも、一つしかない布団で一緒に寝るなんて、危険という言葉を遥かに超えている。
体力を回復させた自分が三橋に何をするかなんて、容易に想像がついた。



「…腹減ったから、食ってから寝るよ」

「う、うん!
じゃ、オレ作るね」

「は?
お前、作れんの?」

「?
作れるけど?」



そう言いながら三橋が買い物袋から出してきたのは、レトルトのお粥だった。

…そりゃ、お前にも作れるわな。

食事の準備は三橋に任せ、オレは冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、ローテーブルで頬杖をつきながら三橋の様子を観察する。



「…三橋、まさかとは思うけど」

「う?」

「パックのまま、レンジに入れるつもりじゃねぇだろな?」

「へ?違うの?」



どんだけぼっちゃん育ちなんだよ…。



「………レンジに入れる時は、皿に移してラップかけてからにしろ」

「うぉっ、さ、皿…」



信じられない。
もしかしてコイツ、レトルトもインスタントもほとんど口にする機会がないのか…?

三橋の母親は働いているけれど、息子の世話は手を抜かずにやっているみたいだから、三橋には縁のない食材なのかもしれない、と無理矢理解釈した。



「お前、他に何買ったの?」

「うぇ?
え、と…卵とパンとソーセージとサラダと豆腐と…バナナとプリン、と」

「なんでプリン?」

「え?
だって、カロリー高いし、食べやすいよ?」



そうか?
バナナはともかく、プリンなんて熱出した時に食いたいとか思ったことねぇぞ?
他の食料の組み合わせもイマイチよく分かんねェし…。



「…一人で飯食うのも何だから、プリンはお前が食えよ」

「へ?い、良いの?
あ、じゃなくて、阿部君が食べなきゃ」

「良いよ。
お前だって、小腹減っただろ」

「じゃ、…いただきます。
ヘヘ」



遠慮がちに言っているが、三橋は嬉しそうにプリンを見つめている。
そんな三橋の顔を見ていると、また身体のあちこちに欲が飛び火する。
一体、オレはどれだけ三橋に飢えているんだろう。



「あ、阿部君、お粥できたよ!」



まるで自分が作ったと言わんばかりに、満面の笑みで器を差し出す。



「サンキュ」

「ウヘヘ…」



ただ、温めただけのくせに単純なヤツ…。

けれど、愛しくて仕方ない。
一つ一つ、懸命に返してくれる三橋が欲しくて堪らない。
粥を口に運びながら、プリンを頬張る三橋を眺める。
幸せそうなその顔を、ずっと傍で見ていられたら良いのに。

ふと、昨夜のことを思い出す。
今は笑ってくれている三橋。
昨日はどんな顔をして、この部屋にいたのだろう。



「………三橋」

「う?…何?」

「…昨日、もしかしてここに居た?」



三橋の肩が揺れる。
オレの質問は卑怯だ。
本当は三橋がこの部屋にいたことを知っているのに、三橋の口から言わせようとしている。



「な、なん…で………?」

「電話で、オレの居場所聞いてたから」

「う………、それ、は…」



なぁ、三橋。
お前、どんな気持ちでオレを待ってくれてた?
オレが帰って来ないって知った時、寂しいって少しは思ってくれた?



「………あ、お、オレ、」

「ん」

「ごめん、なさい。
オレ、嘘ついた…。
ホントは、この部屋に居たんだ…」

「なんで?」

「え…?」

「なんで来たの?」

「そ、それは…」

「練習あんだから来なくて良いっつっただろ」



今のオレは怒っているわけじゃない。
確かめたいだけだから、できるだけ静かにゆっくりと話す。



「ご、ごめ―」

「三橋、どうしてか聞かせて」

「………」



三橋は必死に言葉を探している。
まだ泣き出さないことに、オレはほっとした。
苛めたい訳でもムカついている訳でもないと、三橋には分かっているだろうか。



「心配、だったから…」

「何が?」

「一昨日…、阿部君、ヘンだった…」



確かに、あの日のオレは最低だった。



「ずっと…気にな…て」

「ん」

「だから、昨日行ったけど、居なくて…」

「ん」

「電話したら…阿部君、また…ヘンだった…」



そうか、昨日のオレも変だと気付いたんだ。



「オレ、どうして良いか、分かんなくて…。
でも、考えてたら…いつの間にか、寝ちゃってて…」



おいおい、居眠ってたのかよ…。



「あ、でも、朝練ちゃんと行ったよ!」

「ん」

「…で、練習終わって、やっぱり阿部君が気になって…。
講義始まる前に、声だけでもって…、電話したら………」



アイツが出たわけか…。



「ご、ごめんなさ―」

「三橋」

「うぁ、は、はいっ!」

「…オレんコト、好き?」

「え?
なっ、ど、どど…して……?!」



三橋はまるで初めて聞かれたかのように、顔を真っ赤にして動揺する。



「なぁ、好きかって聞いてんだけど?」



問い質しているオレの顔も熱いけれど、これは風邪のせいじゃない。

ごめん、こんなズルイやり方しかできなくて。
でも、オレはお前に全部言うって決めたから。
お前への気持ちから逃げないって決めたから。
オレに少しだけ勇気を与えて欲しい。




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