[携帯モード] [URL送信]

アベミハ大学生シリーズ
7P

三橋が探してくれた病院は、最近できたらしい綺麗な総合病院だった。
自分のアパートからそう遠くないのに、こんな病院があったなんてちっとも知らなかった。
昼間にあいているトコでここが一番近かったから、と三橋が説明してくれた。

車を降りると同時に、体調の悪さを思い知る。
硬い地面の感触と蒸し暑い空気が、オレを現実に引き戻したみたいだった。
相棒のアパートを出た時よりもだるいような気がする。
オレは最悪な体調を三橋に悟られないように、平静を装って後部座席のバッグを自ら取り出した。



「あ、阿部君、オレが持つよ」

「いいよ、お前はもう大学行け」



オレは当初の予定通り、三橋の申し出を断った。



「でも、」

「ここまで連れてきてくれてサンキューな。
アパートには、一人で帰れっから。
それに、講義はともかく野球の練習は間に合うだろ。
強化練習が決まって早々サボったりなんかしたら、監督の心象も悪いぞ」

「…別に、いいよ」



予想はしていたものの、三橋が素直に聞き入れてくれないことに少し苛立つ。



「いい訳ねぇだろ。
お前、何の為に大学行ってんだよ。
たかがオレの風邪くらいで、がたがた言ってんじゃねぇよ」

「た、たかが、じゃない!」

「たかが、だよ!
風邪なんて寝てりゃ治るけど、野球は放っておいて上手くなるもんでもレギュラー取れるもんでもねぇだろ?!
一時的なことに、一々振り回されてんじゃねぇよ!!」

「そういう問題じゃ、ないよ」

「そういう問題だよ!」



病院の駐車場で、オレ達は一体何をやってんだ。
こんなことなら最初に断っておいて、タクシーで来れば良かった。
自分の甘さが呼んだ結果だが、振り返らずにはいられない。
三橋の傷付いたような顔を見るのが辛い。



「…じゃ、オレ行くから」



いつまでも押し問答しているわけにもいかない。
暑い中、突っ立っているのも疲れてきた。



「ホントに大丈夫だから、ちゃんと野球やってこい」



オレは三橋の顔を見ないよう背を向けて、病院に向かう。

せっかく昨日よりマシな状態で三橋に会えて少し落ち着いたと思っていたのに、あんな乱暴な言い方で傷付けてしまって何をしているか分からない。
それでも、三橋には野球を疎かにしてほしくない。
一緒に居る時間が減っても、この先もっと会えなくなっても、三橋から野球を取り上げることだけは避けたい。

傍にいたいと思う気持ちと矛盾しているし、格好をつけているだけかもしれない。
けれど、もし三橋がどちらかを選ばなくてはいけない日が来るのなら―。
三橋には、オレより野球を選んでほしい。
きっと、立ち直れないくらい落ち込んでしまうだろうけれど…。

オレは、投手としてのアイツに馬鹿みたいに惚れ込んでんだよな。
三橋に、いつかこの気持ちが伝わると良いのに。
お前を想えばこその行動だって、いつか気付いてくれれば良いのに…。


病院内に入ると、微弱な冷房と白い壁に寒気を感じた。
こりゃ重症だな、と思いながら受付に足を向けた時、右手が急に軽くなる。
振り返ると、息を切らした三橋がオレのスポーツバッグを取り上げていた。



「…何やってんの、お前?」

「…ご、ごめん」

「帰れ」

「………ヤだ…」



三橋からバッグを奪い取ろうとしたが、ヤツの握力に敵わなかった。



「あのな―」

「ごめん!
…けど、ダメなんだ。
いくら考えても、ムリなんだ」

「はぁ?
訳分かんねェこと言ってねェで―」

「行こうと思ったんだ!
思ったんだよ、本当に…。
阿部君が、オレのこと考えて言ってくれてるのは、分かってるから…。
けど…、ダメなんだ」

「だから何が?」

「車に乗って、運転しようと思ってハンドル握ったけど…、どうして良いか、分かんなくなって…」

「何が分かんねェんだよ?」

「あ、その…う、運転の、仕方………」

「はああ?!!」



つい大声を上げて、三橋をビビらせてしまう。
通りがかりの病院職員に睨まれて、オレは慌てて自分の口を塞いだ。



「―ったく、何の冗談だよ…」



オレは、三橋の説明不足言葉不足に未だについていけなくなる時がある。
体調が悪いから、余計に咀嚼する余裕がない。



「わ、分かんないっていうか…、その、手が動かなくて…。
いつも、無意識に動くのに、全然ダメで…」



そう言って、オレのシャツの裾を掴む。



「ごめん…なさい。
阿部君が気を遣ってくれたのに…。
でも、オレ、こんなじゃ練習に行っても、きっとまともに投げらんない…」

「三橋―」

「我が儘ばかり言って、ホントに…ホントにごめん。
でも、明日はちゃんと、練習行くから。
今日の分も、いっぱい頑張るから…」



昔ならここで泣き出していただろう。
けれど今の三橋は、シャツを掴んだ手はそのままに俯いて、息を殺して、じっとオレの許しを待っている。

オレはというと三橋の言葉を理解した途端、胸に熱いモノが込み上げてきてすぐに言葉が出ない。
伝わってなどいないと思っていたオレの気持ちを、三橋はちゃんと汲んでくれていた。
気の利いた一言も出ないなんて、我ながら本当に情けない。
こんな場所じゃ肩を抱き寄せることさえ敵わないというのに。



「…悪ィけど、何か飲み物買ってきてくんね?」



三橋は、パッと顔を上げて一拍おいてからようやく笑ってくれた。
多分、今日初めて見せてくれた笑顔だ。
こんなことで笑ってくれるのなら、最初からそうしておけば良かった。
オレは、いつまでたっても学習できていない。



「うん!」

「あれば、あったかいのがいい」

「阿部君、もしかして寒いの?」

「ちょっとだけだから平気。
オレ、受付してもらってくるから」

「分かった。
すぐ、行ってくるから」

「走んなよ、怒られっぞ」

「うん!」



三橋が天井から吊された案内を見ながら嬉々としてコンビニに向かうのを見送って、オレは大きく息を吐いた。

ごめんな、三橋。
我が儘なのはオレの方だよな。
お前がそういう性格だって分かってんのに、自分の思うようにならないと怒ったりして…。
お前が同じように風邪ひいたりなんかしたら、きっとオレだって同じコトしてた。
なのに、お前はダメだなんて勝手だな。
三橋に野球に専念してもらいたいなら、オレがしっかりしなきゃなんねぇんだ。



「いつまでも風邪なんか引いてらんねぇ」



三橋がいつもオレを振り返らなくてもいいくらいに、見えない処にいても信じていてもらえるように、もっと強く、そして優しくありたい。
でなきゃ、いつか三橋においてかれちまう。

先程まで死にかけていた身体が、今は嘘のように軽く感じる。
三橋が笑ってくれただけで浮かれているオレは、投手でない三橋にもどうしようもなく惚れていることを再認識した。

そりゃそうだよな。
抱きたいとか夢にまで見るくらいなんだから。

消えていたはずの焔がちらりと姿を見せる。
けれど、昨日までとは様子が少し違う。
ひどく静かで、けれど熱は失われていない小さな焔。

もう大丈夫だと思った。
自らをコントロールできる確信を持てたことで、今朝の決意を新たにする。

三橋への想いから逃げるなんて絶対にできないから、真直ぐ向き合おう。
三橋がいつもオレに真直ぐでいてくれるように―。





[*前へ][次へ#]

7/14ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!