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アベミハ大学生シリーズ
5P


人生で2番目に最悪だと思った朝は、二日酔いと風邪とのダブルパンチをまともに食らっていた。
麻雀大会が終了したのを見計らって部屋に入り、チューハイを何本か空けたが寝付けたのは明け方近くだったから、まだそんなに眠っていない。
客用の布団がないので年中出されっ放しの麻雀用コタツに潜り込んで寝ただが、それが祟ったようだ。

彼女を送っていくと言って深夜に出て行った相棒は、いつの間にか隣の部屋で寝ていた。

あまりにもの体調の悪さに、我ながら驚いた。
身体が熱いのに寒気がする。
何より、ひどい嘔吐感に襲われて慌ててトイレに駆け込み、胃の中が空っぽになるまで出られなかった。
ようやく収まったかと思えば、次は激しい頭痛に悩まされる。
どうにか耐えながら洗面所でうがいをしていると、寝ぼけ眼の相棒が頭を掻きながらオレの様子を見に来た。



「………悪ィ、起こしちまったか?」

「ん〜、別に良いけど」



オレの顔色を一瞥し、ヤツはキッチンへ向かう。



「なぁ、別に立ち入る気はないけどさ。
本当に変だぞ、オマエ」



そう言いながら戻って来て、水の入ったグラスと二日酔いの薬をオレに差し出した。
オレは黙って受け取り、薬を口に含む。
昨夜は酒の味が分からなかったのに、薬の苦味はやたらと感じた。
飲み終えると、相棒はオレの手からグラスを取り上げる。



「なんか、すげぇ無理してないか?」



―無理、ね。
無理というより、自分の弱さと愚かさに匙を投げただけだ。

そこまで思考を巡らせたが、後は頭の痛みに飲まれてしまった。



「落ち着いたら帰っから…、もうちょっと休ませて…」



結局ヤツの問いには答えず、コタツに戻る。



「大学は休みか?」

「…おう」

「オレ、今日は昼からだから行く前に起こすよ」



その声が完全に耳に届く前に、オレの意識は遠のいた。



不思議だ。
三橋を思えば淫らな欲が湧いていたのに、今は三橋の温もりだけで満たされる夢を見ていた。
胸の中に閉じ込めた三橋の鼓動と温度を直に感じると、同じ世界に生きている証に触れたみたいでひどく安堵した日々。
夢ではさすがに鼓動までは感じられなかったが、あの心地良さがみるみる蘇ってきて今の孤独を思い知る。

再び目を覚ました時、不覚にも泣きそうになった。
寂しいと思った。



「三橋―」



目を閉じて、三橋の温もりを思う。

会いたい。
もう何だっていい。
ただ、三橋に会いたい。

帰ろう。
帰って三橋に会って、全部話してしまおう。
三橋が嫌だと言うなら、今のままの関係でもいい。
これからもお前と生きられるなら、それ以上に大事なことなんて何もないんだ。





「おーい、起きれるか?」



オレは決心したことで気が抜けたらしく、また眠ってしまったのだと相棒の声で気がついた。



「………もう行くのか?」

「ああ、その前に飯食おうと思ってさ。
外で食わねぇか?」



誘いに応じようと身体を起こしたが、吐き気は収まったものの熱のせいで食欲がまるでない。
頭痛も軽くはなったが、まだ収まらなかった。



「一緒に出るよ。
でも…、飯はちょっと無理…かも………」



立ち上がろうとするオレに、相棒が手を貸してくれた。



「なんなら、今日も泊まっても良いぞ。
かなり体調悪そうだし」

「……いいよ。
今日は帰りたいし」

「お前って、ホント勝手だな〜。
昨日は帰りたくなかったのに、今日はもう帰りたいわけ?」



そう嫌味を言って、相棒は笑った。

本当に勝手だと、自分でも思う。
でも、やっと決めたんだ。
風邪で弱っているせいもあるだろうけれど、それを利用してでも今は三橋に会いたい。

鉛のように重く感じる足で、玄関に向かう。
そのくせ、妙な浮遊感があって平衡感覚が崩れそうだ。



「とりあえず、駅までは送ってやるよ」



相棒はオレのスポーツバッグを持ってくれた。

意外と気を遣うヤツなんだと、今更ながら思った。
部屋に泊まるのは初めてじゃないし、今までだってさんざん同じ時間を過ごしてきたはずなのに何を見ていたんだろう。
コイツは三橋とバッテリーを解消してから初めて組んだ相手だったから、いつも三橋と比べないようにと自分に言い聞かせてきた。
投手としての三橋に陶酔していた自覚は充分にあったし、そんなのを相手に比較されても誰もいい気はしないのは分かっていたから。
けれど、その分ちゃんとコイツと向き合っていなかったかもしれない。
三橋のいない野球を受け入れていないということだろうか。



「ごめん」

「あ?何が?」

「何でもねェ……」



今頃気付くなんて、本当にオレは何をやっているんだろう。
三橋に依存し過ぎだ。
こんなじゃ、三橋にもコイツにもいつか見放されてしまう。

駅に向かう道がやけに長く感じたけれど、寒気を感じる身体には初夏の陽が暖かく感じられて心地いい。
冷房のかかった電車に乗るのは億劫だなと思った。



「お前、今朝何時に帰ってきたんだ?」



無言で歩くことに何となく耐えられなくなって、ふと気になったことを聞いてみた。
相棒はきょとんとしていたが、次にはイヤらしい笑みを浮かべる。



「何考えてんだよ〜、阿部はヤラシイな〜」

「…それはお前だ。
オレはただ何時に帰ってきたかって聞いてんだよ」

「5時前、かな」

「そんな時間まで何やってたんだよ」

「ほら、やっぱ阿部はヤラシイこと考えてんじゃんか」

「……もういい」



相棒の言っていることは半分当たってる。
確かに、そんな時間まで彼女とどう過ごしていたのか聞きたかった。
オレの抱えている問題を、普通の付き合いをしているコイツはもしかしたら何も感じずに易々とクリアしているんじゃないかと思った。



「ファミレスでだべってた」

「は?」

「だから、ず〜っとおしゃべりしてましたって言ってんの」

「……ふうん」



予想外の答えに、オレは力が抜けた。
そんなものなのか、と安心もしたような気がする。
コイツも、彼女との距離とか関係とか色々考えたりするのだろうか。
暢気に欠伸をしながら歩く隣の男の顔をしばらくぼんやりと見ていた。

改札口にまでようやくたどり着くと、相棒が周囲をきょろきょろ見渡し始めた。
何やってんだと聞く気もなくて、相棒からスポーツバッグを取り上げてパスケースを探す。



「あ、阿部君っ」



聞き慣れた懐かしい声に心臓が跳ねると同時に、とうとう幻聴まで聞こえ出したかと自分に呆れた。
しかし、それはほんの一瞬のことで、その声が現実のものと知る。



「阿部君、大丈夫?!」



三橋?
何で―?

息を切らせてオレの腕を掴み、心配そうに見上げるその顔は会いたくて仕方がなかった愛しいもので、驚く一方で抱きしめたい気持ちを抑えるのに必死になった。



「悪い。
お前の携帯にかかった電話に、オレ勝手に出たんだ」

「はあ?!」

「だって、お前全然起きないんだもん」



小声でオレに耳打ちした相棒の言葉で、今の状況を徐々に理解していくと同時に怒りもこみ上げてくる。
しかし、相棒はそんなオレを放っておいて三橋の元に近づく。



「久しぶり、こないだの試合に来てくれた時以来だよな」

「う、うん。
ごめんね、もうちょっと早く来たかったんだけど…」

「平気平気。
どうせ、今から学校行かなきゃだしよ」

「阿部君、車で来たんだ。
とりあえず、病院に行こう」



オレの手からバッグを取り、三橋は相棒に頭を下げる。



「ありがとう。
後は、オレが連れてくから」

「ん、気をつけてな」



完全に会話から外されていたオレは、相棒の胸倉を力なく掴み小声で怒りをぶつけた。



「勝手に人の携帯、触ってんじゃねえよ!
何でアイツに話したんだ?!」

「あ、阿部君?!」



三橋は何が起きたのか分からず、おろおろしながらオレを押さえようとする。
相棒は少しだけ笑って、オレに合わせて小声で返してきた。


「だって、お前が呼んでたんじゃん」

「なっ……」

「そこにタイミングよく三橋から電話があったからさ。
お前が抱えてるモンも、オレには言えなくてもアイツになら言えるのかなって思って」

「…勝手なことばっか言ってんじゃねえよ」

「それはお互い様〜。
いい加減、吐き出さねえと保たなくなるゾ」



相棒はオレの肩を掴み、三橋に預けるように軽く押した。
オレはそのままよろけて、相棒の思惑通り三橋に支えられる羽目に合う。



「じゃ、三橋。
オレの相方をヨロシク」

「うん、ちゃんと病院に行ってくるね」

「阿部〜、注射嫌がっちゃダメだぞ〜!」

「っざけんなっ!!」

「阿部君、ダメだよ!
早く病院、行こう」



相棒は逃げるように改札口へと消えて行った。
からかわれたことと久しぶりに三橋が傍にいることで興奮してしまった身体は、調子が悪いのか何なのかよく分からなくなってきていた。
オレが息を整えていると、三橋はオレの額に手を伸ばして顔を顰める。



「やっぱり、熱高いよ。
早く行こう…」



いつものオレならこんな状況でおとなしく言うことを聞けずにいただろうが、今日は三橋に従った。
何より、三橋の傍に居たいと願う自分にどんなプライドも勝てなかったのだ。







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あきゅろす。
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