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ブルー・ブルー・スノウ





 雪がしんしんと降っている。
 窓を開けた途端に冷たい空気が入って来て、わたしは思わず身震いした。前夜から降り始めた雪は街のすべてを白一色にしている。わたしはそれに感嘆しつつ、凍結した路で足を滑らせ転んでいる人を物珍しく眺めていた。
 窓を閉め、上着を羽織り、軽やかな足取りで家を出る。
 雪に向かってゆっくりと足を踏み出す。さくり、と気持ちいい音にうっとりとした。やわらかい。今度は勢いよく、跳ねるように歩を進める。振り返ると、自分の足跡がくっきりと残っている。
「すごい……!」
「なにが?」
 思わず口に出した声に誰かが訊いてきた。驚いて振り向くと、艶やかな黒髪の少年がいた。ぱちりと彼の青い瞳と目が合う。不思議そうに首を傾げてこちらを見ている彼に、わたしは微笑んだ。
「雪、わたし初めて見たの」
 ああ、と少年は頷いた。
「この辺りじゃ珍しくともなんともないよ」
「それでもよ! いいなあ、こんなにきれいなのが見れるなんて」
 わたしは視線だけを少年に向ける。彼はうっすら微笑んでいた。
「もうすぐ、お祭りもあるんだ」
「ほんとう? 見てみたかったなあ……」
 少年は首を傾げた。
 どういう意味だろうかと訊きたそうだったけれど、結局なにも言わなかった。
 真っ白な路を、どちらからともなく二人並んで歩き出す。さくさくと雪を踏む音だけがわたしの耳に届いている。あの家もこの家も、目に映るすべてが白に染まっている。
 雪の影は青を含んでいる。彼の瞳と同じ色。
 ああ、美しい――……
 伸ばした手にはらはらと雪が落ち、すうっと溶けてゆく。
 この美しい景色も、いつかはなくなってしまう。春の始まりで、冬の終わりを告げるんだ。
「ねえ」
 わたしは静かに口を開いた。
 彼がこちらに視線をやったのがわかる。
「また、見に来たいな」
「……うん」
「わたし、この街が大好きだよ」
「……うん」
「それに――……」
 続きを言おうとして、やめた。
 いまじゃなくていい。次にこの街へ来たときに言おう。
 そうだ、これが最後ではないから。――最後にはしないから。
 わたしは雪とともに積もったこの想いを、雪に沈めて隠した。
 春が来て、暑い夏が来て、秋が過ぎたこの季節に、もう一度この想いを掬い出そう。そうしてようやくこの想いを彼に伝えるんだ。
 だから、だからどうか神様。
 もう少しだけ時間をください。

 雪がしんしんと降っていた。
 そんな、ある冬の日。

空想パラドックス提出

まえつぎ

あきゅろす。
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