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たしかにいるのに





「そこにいるの?」
 少女はだれもいないはずの場所に向かって話しかけた。木陰の、何もない場所。少女の問いに呼応するように、かさり、と地面の草が揺れた。少し前までは少女にだけは見えていた存在は、たしかにここにいるのだ。けれど、その存在を視認することのできた唯一の少女でさえ、今はもう見えない。
「わたしには見えないけれど、もう声も聞こえないんだ?」
 きっと声は聞こえる。少女には確信があった。あの子は見えないだけで、たしかに存在しているのだ。手を伸ばせば触れられる。
「……もう来ないかと思っていたよ」
 今にも泣き出しそうな、震えた声。少女はあの子に触れない。少女に見えなくなった今、あの子はそれを望まない。望んではいけないのだと知っている。
「よく、ぼくを見つけ出せたね」
「あなたはいつもこの木の下にいたから、わかるよ」
 けれど、あの子が現れることはこの先ないだろうことを少女は知っていた。触れることも、会話をすることも、あの子の姿を見つけることももうできない。きっとあの子は、自分に気付くひとの下へと行くのだろう。ここではない、どこか遠いところへ。
「わたしの罪をあなたは許してくれないの? もう一度だけチャンスがほしかったな」
「むりだよ。罪は消えない。一生ついてまわるんだ。きみが忘れても、どこにいても、ずっと」
 はらはらと、木の葉が落ちる。あの子は少女を許さない。許せないのだ。罪は少女にいつまでもまとわり付いて離れない。あの子の言葉が少女の中でぐるぐると回っていた。ただ、あの子に許される機会はもうないのだと、そう思うと、ひどく哀しくなった。これからも罪を重ね、堕ちてゆくのだ。一度堕ちたのなら、もう堕ち続けるしかない。流れに身を任せて、罪を重ね続けるのだ。
「また、会える?」
「会えないよ」
 あの子は少女のように罪を犯さない。ほんとうのことしか言わない。言えないのだ。たとえどんなに願っても、偽ることができない。少女はもう会えないのだと理解し、初めて自らの罪を後悔した。
「あなたはどこに行くの?」
「わからない」
「あなたに気付くひとなんてもういるかしら」
「……わからないけれど、気付いてくれるといいな」
 少女は手を伸ばしたが、そこには何もなかった。ああ、あの子は行ってしまったのか。少女は伸ばした手を引っ込め、どこかへと走っていった。少女が振り向くことは一度もなかった。

空想パラドックス提出

まえつぎ

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