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ファインプレーには程遠い





「宇佐見くん、どうぞ」
「ありがとう」
 どういたしまして、と彼女は笑う。綿菓子のような甘ったるい声。
 彼女は他のチームメイトの所へ行き、洗い立てのタオルを渡している。僕はただのサッカー部員で、彼女はマネージャー。ただそれだけの関係。けれど僕は気付くと彼女を目で追っている。
「宇佐見くん、どうかしたの?」
 僕の視線に気付いて、彼女は訊いてきた。なんでもない、と僕は言う。喉元に引っ掛かっている言葉を、彼女に言うことはない。
 彼女は気付いてないだろう。僕の気持ちを。知らなくていい。僕の初恋は実らない。たぶん、きっと。決定事項なんだから。そこには一パーセントの希望もない。けれど絶望もないのだろう。
「宇佐見くん、レギュラーになったんだって? おめでとう」
「ああ、うん……」
「よかったね! 公式試合に出るのは初めてなんでしょう?」
 まるで自分のことのように彼女は喜んでいる。その笑顔にドキッとする。
 三年の、最後の大会。これが終われば引退だ。僕らは同じ三年だけどクラスが違う。引退すると彼女との接点は何にも無くなってしまう。
「この大会が、終わったら……」
「うん?」
「……いや。もう、サッカー出来なくなるんだなぁ、って思うと、さびしくなるよな」
「そうだね。でも、大学でも続けるでしょ?」
「続けないよ」
「どうして?」
「才能無いっていまさらだけど思うんだ。伊坂とか見てると」
 彼女が一瞬、反応したのを見逃さなかった。伊坂はサッカー部のキャプテンだ。
「そんなことないよ。私、宇佐見くん才能あると思うよ?」
「伊坂より?」
「……どうしていつも伊坂くんを引き合いに出すの?」
「それは……」
 君が好きだから、とは口が裂けても言えない。ああ、訊かなきゃよかった。そんなこと決まっているじゃないか。

「はぁ……」
「ため息なんかついてどうしたんだよ」
「なんだ、伊坂か」
「なんだとはなんだよ」
「別にぃ。……ただ、ちょっと落ち込んでるだけだから」
「レギュラー落ちしたわけでもないのに、なんでさ?」
 レギュラー落ちして落ち込んでる方がどんなによかっただろう。目の前にいるイケメンで尚且つサッカー部のキャプテンであるクラスメートのこいつが憎たらしい。その憎悪は、ただの八つ当たりなのだけど。
「まあ、いいけど」
「いいの?」
「試合に影響しなけりゃな」
「サッカー馬鹿め」
「最高の褒め言葉だよ」
 イケメンでサッカー馬鹿でキャプテンで、尚且つ憎めない。だから彼女はこいつのことが好きなんだろう。完敗じゃないか。連戦連敗の僕に勝てる見込みは無いんだ。
「明日の試合、ちゃんと来いよ」
「わかってるよ」
 ちゃんとくるさ。そして、勝とう。そのあと彼女に告白しよう。結果は目に見えている。要は心意気だ。どうせなら悪あがきするのも悪くない。ファインプレーを彼女に見せよう。

「宇佐見くん」
 はい、と渡されたのは、はちみつレモン。あのあと気まずくなって、彼女とはろくに話していなかった。
 はちみつレモンは甘酸っぱい。
「がんばってね」
「あ、ああ……」
「好きなんでしょ?」
「え!」
 彼女の口から出てきた言葉に驚いた。彼女はそれ、とはちみつレモンを指差した。それから「違った?」とかわいらしく首を傾げた。
「ああ、好きだよ」
「だよね! たくさん食べてるから」
 言われて、タッパーに入っているはちみつレモンが半分になっていることに気付いた。
 現在、1対1。はたして勝てるだろうか。勝たなければ困るんだけど。
「絶対、勝つよ」
 それだけ、彼女に言った。

「あのさ、このあといい?」
 試合は1対2。僕たちは負けてしまった。僕から話しかけるはずだったのに、予想外に彼女から声をかけてきた。伊坂に声をかけなくていいんだろうか。
「残念だったね」
「ああ」
「惜しかったね」
「ああ……」
 本当に終わったんだ。試合終了の合図と同時に、呆気なく。
「好きなくせに」
「へ……?」
「私のこと。本当は好きなんでしょ?」
 素っ頓狂な声をあげてしまった。たしかに彼女のことが僕は好きだ。けれど、それを訊く彼女の真意がわからない。
「好きだよ」
「でしょう?」
「だけど……。伊坂のことが好きなんじゃないの?」
「違うよ! 私が好きなのは伊坂くんじゃなくて宇佐見くん!」
「けど、よく一緒にいるし」
「伊坂くんは香奈と付き合ってるのよ。知らなかった?」
 香奈はたしか、彼女の親友の名前だ。そういわれてみると、その子も一緒にいたことに気付いた。
 なんて傑作なんだろう。とんだ勘違いだ。僕が気付かなかっただけで、僕と彼女は両思いだったのだ。一パーセントの見込もないなんて、そんなことはまったくなかったのだ。こんなことなら早く告白していればよかった。悶々と悩んでいた日々は何だったのか。
 何て言うか、笑える。どうやらこれはファインプレーではなかったらしい。結果はまあ、良好だ。



1、2、3。提出

まえつぎ

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