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空に憧れた鳥




 僕は空を飛びたい。あのつばめのように速く、鶴のように優雅に、鷹のように威厳を持って。けれど、僕には空を飛ぶに足りる翼が無い。あるのは針金で作られた無骨な翼だけ。
 真っ黒のカラスが一羽、僕が並べられているショーケースの近くの開いている窓にとまって、カーカーと鳴いた。ああ、僕を笑わないでくれよ。僕はたしかに君のように空を飛べないし、鳥を模した滑稽ながらくただけれど、誰よりも空に憧れているんだ。
「君さぁ、いつもここにいるよねぇ?」
 窓にとまったカラスが、小さく首を傾げて訊いてきた。
「そうだよ」
 ぶっきらぼうに僕は返事をしたけれど、カラスは気にとめる事なく続ける。
「ここはお店だよねぇ? それなのに君はいっつもいるからさぁ、気になってたんだよ」
「……僕は、売れ残りだから」
 おどけたようなカラスの口調がカンに障る。その喋り方を止めてくれよ、と心の中でつぶやいた。
「そうなの? 君はきれいなのにどうして売れないんだろうねぇ」
「……きれい?」
「うん、きらきらしててすごくきれいだよ。わたしは真っ黒だから、うらやましいよ」
 『きれい』だなんて、初めて言われた。心がぽかぽかして、それから少しこそばゆい。ああ、もしかしてこれが『うれしい』という気持ちなんだろうか。
「そっか、これが……」
 自然と顔がほころんだ。
 カラスはきょとんとしながらも僕につられてえへへ、と笑った。
「いけない。もうこんな時間だ。ばいばい、また明日ねぇ」
 気付けば、日はとうに沈んでいた。金色の月が壮麗に輝いている。今日は下弦だ。ぽつぽつと真っ黒なキャンパスにちりばめられたような星々は、今日は少ない。
 真っ黒なカラスは、飛び立つとすぐに闇にとけていってしまったて、もうどこにいるのかわからない。
 ああ、はやく明日にならないかな。カラスは「また明日」と言ったから。カラスとまた、お話をしたい。今度はあのカラスのことも訊いたり、くだらない話にも花を咲かせて、さ。
 風が吹いて、僕は転げ落ちそうになる。今日はいつもより風が強いし、寒い。はやくご主人が窓を閉めてくれないだろうか。
 ぶわり、と強風が吹いた。
 視界がぐらりと反転して、奇妙な浮遊感が。それから、ひどい衝撃。
 事態を理解するのに、一瞬遅れた。
 ああ、僕はショーケースから落っこちてしまったのだ。体中がずきずきする。まったく、格好悪いなあ。あのカラスが見たら大笑いされるんだろうな。
 あれ、と違和感を覚えた。体がいつもより軽い。どうしてだろう。そういえばなんでこんなに痛いのだろうか。これは落ちた衝撃だけの痛みじゃない。
 無い、無い、無い!
 僕の体が、ばらばらになって周囲に散らばっているではないか。ああ、そんな。そんなことって。
 意識が朦朧としてきた。死んじゃうのかな、僕。呆気ない最期だな、と思った。誰にも看取られる事なく、孤独のままに死ぬだなんて。結局、誰にも買われなかったなあ。ショーケースの隅に追いやられて、ご主人にも見離された。
 僕はやっぱり飛べない鳥だ。けれど、同じ飛べない鳥でもペンギンになりたかった。いまさらだけど、そう思う。空に人一倍憧れている僕たちが飛べないなんて、世界はなんて非情なんだろうか。
 このまま眠ってしまうのもいいかもしれない。そうして次は、空を飛べる鳥になりたい。つばめのように速く、鶴のように優雅に、鷹のように威厳を持てなくてもいいから、あの空を飛んでみたい。一瞬でいいから、空を飛びたいんだ。
 心残りはあるけれど。あのカラスともう一度話したかったけれど。僕を「きれい」だと言ったあの真っ黒な鳥と、もう一度あいたかったけれど。
 今はもう、ゆっくりと眠ろう。





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