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小説
『老人と少年A』
柏木礼治は時折、奇妙な勘が働くことがあった。祖母である柏木礼子譲りのそれがよく当たるのは実証済みである。

ゆえに、和哉に案内されて現れた相楽老人にも気づけばたずねてしまっていた。

「なにか、ご心配事ですか」
「は?」
「なにやらお悩みのように見えます」

相楽老人は面食らったようだったが、しばらくして懐かしそうに微笑んだ。

「まるで礼子さんのようだ。あの人もいろいろと言い当てる方だったな」
「まだまだ祖母には及びません。奥様に、なにか?」
「いえ、あれにはなにも。むしろ元気すぎるくらいで…ただ、なんともうしますかな」

友人のことなのだと、相楽老人は呟いた。話してくれるようである。

「和哉。悪いけど席を」
「いや礼治君、構わない。むしろ聞いてくれるというならば宮村君にも是非聞いてもらいたい」

きっぱりとした口調に、退席を命じられる前に出ようとしていた和哉が立ち止まる。どうするか聞いてくる視線に、礼治は口を開いた。

「時間があるならご要望通りに」
「俺でいいなら」
「むしろ、若者の意見を聞いた方がいいと思うのだ。…霊能者というものを信じるかね」

礼治は自分の耳を疑った。和哉もそれは同様であるらしく、目をまん丸にしている。

別にそういうものを信じていないわけではない。むしろ礼治はどちらかといえば肯定派だろう。問題は、話題と語り手のギャップだ。

「霊能者…って、あれですよね? 幽霊見えたりする」
「その説明では足りないよ、和哉」
「俺はそんくらいしかわからないですよ」
「わしも似たようなものだ。…信じるかね?」

礼治は即答しなかった。なにせ、そういう存在を頭から全て信じているわけではない。

「相楽さん相楽さん」
「なにかね、宮村君」
「先日のパーティーで誰かが噂してたんですけど、伊勢川さんて方が霊媒師に遺産のこすとかなんとか。それですか?」
「伊勢川さんが?」
「…ああ、そうだ」

礼治は伊勢川氏と直接の面識はない。だが兄の礼一が以前話していた。敵に回したら厄介だぞ、お前では敵わないだろうからな。

「今日様子を見に行った。まさかと思ったのだ。伊勢川は子どもをないがしろにすることはない」
「違った?」
「霊能力者を名乗る女性がいた。伊勢川は何でも彼女に聞いていた。わしは追い出された」
「追い出されたって…なんでですか」
「わしは悪霊にとりつかれとるそうでな」
「はー…きっと一筋縄じゃいかないって分かったんですね」
「同感です。しかし、伊勢川さんが心配ですね」

しかし相楽老人は静かに首を横にふった。

「あやつがそれでいいなら良い。だが、気になるのは本物かどうかなのだ。もし霊能者が偽物で、そのせいで伊勢川が被害をこうむるのなら話は別だ」
「…どうなさるおつもりですか?」
「霊能者を調べようと思う。放ってはおけん」
「では、僕が手伝えるかもしれません」
「礼治君が?」
「はい。ご存知のとおり、調べ事が僕の仕事のようなものです」
「しかし…」

どうやらタダ働きになるのを気にしているらしい。それならばと、礼治は和哉を指差した。

「その代わり、調査の間この居候を預かっていただけませんか」
「宮村君をかね?」
「和哉に伊勢川さんに関することを見せてもらえれば僕に届きます。できれば霊能者さんにも会わせてやってください」
「だが」
「相楽さんがそれでいいなら、俺は平気ですよ」

相楽老人は悩んだようだったか、よろしく頼むと頷いた。

☆…☆…☆

「あらまあ。まるで役者さんみたいねぇ」
「はじめまして、宮村和哉です。お世話になります」
「夕飯はなにがいいかしらねぇ…」
「宮村君。こっちだ」

リュック一つを背負ってやってきた和哉は、相楽夫人にあっという間に気に入られたようだった。なにせ明るく爽やかな美少年である。

「あ、綺麗」

中庭を見た和哉が立ち止まった。

「ああ、植物が好きなのだったな。最近は手入れも満足にできないが」
「あ、手伝いますか?」
「ほぅ?」
「園芸部だったんですよ。詳しいやり方は知りませんけど、言われた通りにくらいはできますよ」

にっこり笑って提案される。炎天下だと言うのに、その顔には面倒だとか、そういうのは感じられない。

「…良いのかね?」
「久しぶりですから、下手かもしれませんけど」
「それは助かる。お願いしよう」

言われたとおりは得意だと、和哉は軍手を手にはめた。

相楽老人の指示通りに和哉は作業を始めた。久しぶりというわりには手際が良い。

「…宮村君は、礼治君の部下なのかね?」
「え?」
「あのときのやり取りが、使用人か部下のようだったからな。親戚の友人と聞いたが」
「あー…そうっちゃそうですかねぇ。有郷桜助ってのが学校の先輩なんですよ」

あのですね、と和哉は手をとめて話し出した。

「何としてでも家から勘当される必要がありまして」
「か、勘当?」
「はい。で、まあそれに協力してもらうのと引き換えに、しばらく労働力提供と」
「…なにやら複雑だのう」
「てなわけで、教えてもらえますかね。伊勢川さんのこと」

頷いて、相楽老人は話し出した。伊勢川氏がどういう人物で、今までどんなことをしてきたのかを。

☆…☆…☆

有郷桜助は礼治の部屋をのぞいて首をかしげた。

「礼治兄さん、宮村君は?」
「仕事だ」
「えぇっ?」

桜助は床に正座すると、キッと礼治を睨み付けた。

「礼治兄さん、宮村君はまだ本調子じゃないんですよ」
「だろうな」
「じゃあなんでですか」
「そろそろ本調子に戻ってもらわなければ、僕が手伝い損だろう」

呆れる桜助に、礼治は楽しそうに笑って見せた。

「不思議な力があるなどと嘘をついて本物の信用を落とすばかりか、被害者は御老人。和哉にとってはこれ以上ない復帰戦だろう?」
「…知りませんよ? 伊坂も千葉君も、柴先さんもいないんじゃストッパーがないも同然なのに」

桜助の言葉に、礼治は笑うばかりだった。

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あきゅろす。
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