小説
【勘違い誘拐事件@】
疲れているとろくなことがないのは何時ものことで、今日もその例に漏れない日だった。
「…えっと…俺は蜂、仕事は運び屋、でもって」
というか。
「ここどこだよ」
現在進行形だった。
☆…☆…☆
二階で突然響いた音に、宴は飛び上がった。
「な、なんだい今のは」
「…棚の置物が落ちたようだな」
「絶対砕け散ったよ」
仙は二階に上がると、客間の惨状に溜息をついた。土産物の猫は粉々になっている。
「せーんー、手伝いはぁ?」
「いらない」
下からの大声に返事を返すと、適当に破片を集めてゴミ箱に捨てた。
工房に戻ると、宴が難しい顔で考え込んでいる。
「あのさ、私の故郷にこんな言い伝えがあるんだけど」
「なんだ」
「触れずに物が壊れたら、凶兆のしるしとかなんとか」
「…石ノ国に伝わる話だな」
「そういう相槌がほしいんじゃないよ。心配じゃないのかってこと!」
ほら、と宴は工房の隅を指差す。そこには山になった荷物と、メモが重ねられていた。
「蜂がいなくなって二日だよ?」
「そうだな」
そう、行方不明なのである。
二日前に池に落ちるところを目撃されたきり、誰にも姿を見られていない。
「あのな、今までもちょくちょくいなくなってただろうが」
「最低限、仙には行き先言ってたじゃないか。それに、一日以上いないときは得意先に必ず一言あったよ」
「…」
「…」
宴の言いたいことは分かる。
探しに行け、というわけだ。
「仙」
「嫌だ」
「ああもうこの万年お家大好き男! あんたが一番あいつの行動分かってんでしょうが!」
「なんだその嫌な名称は!」
「事実でしょうが!」
「……賑やかだねぇ」
二人同時にぎゅるんと窓を振り返ると、呆れた顔の月雅がいた。
「月雅」
「ガキらがね、面白い話を集めてきてくれたよ」
月雅がいう“ガキ”とは、南区の不良少年達をさす。彼らは宴を“姐さん”、月雅を“兄貴”と慕っているのだ。
「蜂は一昨日、とてもついてなかったみたい」
月雅は窓枠を乗り越えて中に入ってきた。机に座って言う。
「池に落ちる前に、いろんなところで転んだり、落下物に下敷きになったり、騒動に巻き込まれたりしてたみたい」
「…ついてなさすぎ」
「最終的に池か」
「その池も、一昨日は染料が流れ込んでたみたい。髪の色くらいはかわったんじゃない?」
この色に、と指差したのは仙の白髪頭。
「…月雅、どういうこと?」
「白い特殊染料が、この近くの池に流れ込んだんだって。昨日水抜いて掃除してる」
でもって、と更に続ける。仙は嫌な予感でいっぱいだ。
「わざわざ溜まり場に来て、魔術具職人の場所聞いた他所の人がいたらしいよ」
「…そいつは何て答えた」
「この家に白髪の魔術具職人がいる、って教えたってさ」
月雅はちらりと仙を見た。
「こういう推測が出来るよねぇ。蜂は池に落ちたあと、寒くて仕方なかった。なにせ昨日は寒かったもの」
「…そっか、自分の家より仙の家が近いんだ」
「蜂もそう思って、多分ここに来たんだよ。風呂やら服やらをかりに」
「…………」
「そこに、“白髪の魔術具職人”を探しに来た男がいたとしたら、どうなるかなぁ?」
二人の視線を受けて、仙は大きく溜息をついた。
☆…☆…☆
「っしょ…あー…ダメか」
蜂は縄抜けを諦めると、壁に寄りかかった。
「間接外すのは嫌だしなー。どうしたもんかなー」
縄はかなり念入りに縛られており、間接を外しても成功するか難しいところだ。
「なにがどーなってんだか。恨まれるようなことは…まあ山ほどあるか」
ただ殺されるなら分かるが拉致される意味が分からない。
「…魔術具は3つか。どうしたもんかな」
充電式魔術具はないが、旧式魔術具は残っている。
「…逃げよ」
蜂は集中すると、指輪に魔力を注ぎ込んだ。
☆…☆…☆
続く
宴「灰神楽にも頼もうか」
月「事件だしねぇ」
仙「…勘弁してくれ」
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