小説
【出会いとやら】
仙は上級市民街にある、天原邸からの帰り道だった。
「…疲れた」
いつもなら普通に道を歩いて帰るが、その日の仙は雨水管…雨水を川に誘導する為の下水道を歩いていた。
天原邸を出たら何やら警察官が至るところにいたため、やむを得ず地下に潜ったのである。
仙は“書類上”存在しない。
生まれたときに出生届を出しそこねられた為に戸籍がなく、それをいいことに少し悪どいこともしている。ゆえに、警察は鬼門だ。
「とにかく帰るか…ん?」
遠くで何かが水に落ちる音がした。音からして、そこそこ重量のあるなにか。
たとえば、人が落ちる音。
「…」
正直なところ、そっちには行きたくはない。たとえ「いってぇ…」と誰かが痛がる声がしていても。
が、残念なことに。
「…はぁ」
仙の進行方向は、その音の方だった。
☆…☆…☆
慎重に足を進めたが、湿った場所特有の足音は消せない。一応魔術具を持ちつつ、曲がり角を曲がった。
「っ!」
「!?」
目の前に突きつけられたのは充電式魔術具。
登録されている魔術にもよるが、スイッチ1つで時には人を殺せる道具。
その動作で相手が戦い慣れしているのも、一撃で仙をしとめようとしたのもわかった。
しかし、全ては魔術具が“正常に動け”ばの話である。
「水没してるぞ、それ」
「……へ?」
「画面から入ったな。充電式は機械だ。水につかったら壊れる」
「こないだ買ったばっかなのに!?」
あぎゃーと慌てる相手を、仙は素早く観察した。
多分仙と同じくらいの年齢だはろう。魔術具の光は、相手が茶っけた髪をしていて、どうやら傷だらけというのを照らし出していた。
「…上の騒ぎの元凶は、あんたか」
「うえっ」
「名前は? なんで追われてる」
次の瞬間。
「見逃してください!」
「…おい」
水浸しになるにも関わらず、相手がいきなり土下座をした。
「俺が元凶だけど俺が犯人じゃないんで! 見なかったことにしてくださいっ」
「…」
さっきの攻撃の動作は、ただ者ではない。しかしどうやら、一風変わった逃亡者らしい。
「…名前は?」
「いやあのだから…」
「俺は仙という。俺にとっても警察は鬼門だ。どこに逃げるつもりだった?」
「…えっと」
「ついてこい。匿ってやる」
「は?」
「犯人ではないが、捕まったら確実に犯人にされるんだろう? 打開策が見つかるまでだ」
☆…☆…☆
「あー…」
蜂はむくりと起き上がると、軽く頭をふって顔をしかめた。
「あたたた…二日酔いに頭痛かよ」
周りを見れば雑魚寝状態の仙と灰神楽、宴は何を思ったか座卓の下で丸くなっていて、月雅は…。
「お前まだ飲んでんの?」
「おはよう、蜂」
月雅は飲み始めた昨夜からまったく顔色が変わっていない。
「みんな潰れるの早いよ」
「一番最後まで月雅に付き合ってたのは?」
「陣内先生。日が昇る三時間くらい前に帰ったよ」
「てことは三時間前まで飲んでたのかよ…」
蜂の身体は日の出と共に目が覚めるよう習慣がついている。
「みんな寝言がすごいねぇ。仙はさっき『助けてやった恩を忘れて厄介事ばっかり持ち込みやがって』とか言ってたよ」
「寝言長くねぇか」
「蜂は『見逃してください!』っていきなり怒鳴ってたよ」
「あー…なんか初めて下級市民街来たときの夢見てた」
逃げて逃げて、転がり落ちるようにマンホールを降りた。
着地に失敗して身体を強かに打ち付けて、呻いている時に足音が聞こえてきたのだ。
水没していたとはいえ向けられた充電式魔術具をものともせず、淡々とそれを蜂に告げた白髪の青年が仙だった。
「さて…とりあえず片付けるか」
「そうだね。じゃあ蜂は屍化してる人たちよろしくね」
「わっほいやなこった」
「なにその返事。いつまでも寝かしとけないでしょーが」
「だって一名絶対に第一声罵倒だろ!?」
「厄介事持ち込む蜂が悪い」
はい頑張ってとそう言って、月雅は台所に消えた。
南区のグダグダな年始めである。
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