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ユーリ



肌を刺すような冷たい夜風の中、何の気なしに甲板を訪れてみれば、聞き慣れた鼻歌をユーリは耳にした。

最近はこのギルドも名をあげ、依頼があまるほど増えた。しかしその大半は五日ともたずいつの間にか姿を消していた。
いくらこのギルドの人員が増えたからと言っても、その量は半端なものではない。その半端でない量を素知らぬ顔で片付けてしまう者が、このギルドにはいるのだ。

「何処の居酒屋帰りの苦労人だ?」
「あれ、ユーリ」

ユーリの声を聞いた途端、その歌声はぱたりと止み、代わりに、ただいまー、と間延びした返事が返ってきた。

「今日は一段と遅かったな」
「へへ」
「褒めてねぇよ」
「むぶっ」

港へ下ろした梯子からようやく上がってきたその人物…テテオは、これまた的外れな思考の持ち主で。
ユーリはため息混じりにその寒さで赤くなった鼻先をつまみ上げた。

この少女は天性なものなのだろうがフットワークが並外れて軽い。最近なんかは一日に依頼を(内容にもよるが)四つは軽くこなして帰ってくる。
しかし、それと同時にテテオの帰宅時間も遅くなっているのだ。今日はというと、時計の針はゆうに十一の数字を過ぎていた。
しっかりとした門限があるわけではないから強く言うことは出来ないかもしれないが、ディセンダーといえど危険が伴わない訳がない。

「仕事熱心なのは良いが、あんまり遅くなるんじゃねぇよ」
「これ以上は仕事、早くこなせないよ」
「違ぇ、仕事を減らせって言ってんだよ馬鹿」

鼻先をつまむ指先に先程より力を込めてやれば、ふぁい、となんとも気の抜けるような元気な返事がした。
返事のように物わかりが良いかと言うとそうでもないので、明日から数日は見張って置かなければとユーリが内心思っていると、テテオはまた全く違う話を始めるのだった。
それはいつもの例に洩れず今日の身の回りの出来事で、話下手な彼女はそれこそ一から十まで語り聞かせてくれる。しかしギルドの誰もが、それを揶揄することはなく、ちゃんと彼女の話を最後まで聞いてやるのだった。
それは働き者で愛嬌のある我等がディセンダーへの労りと感謝と、溢れんばかりの愛情からくるもので、ユーリもそのうちの一人であった。

あぁ今日は見張りでもないのに夜更かし決定か、なんて苦笑しながらユーリが楽しげに話し出すテテオを見下ろしていると、何か違和感があることに気付く。
暗がりではっきりとは分からないが、彼女の頬が海の光をうけて浮かび上がったとき、一回り膨らんで見えたのだ。
ユーリは瞬間に嫌な予感がし、とっさにその頬に手のひらをあてる。そうすればもちろん驚いたのだろうテテオは肩を揺らして、ピタリと話すのを止めてしまった。
そして暫くすると、ユーリの行動の理由が分かったのか、居心地悪そうにそわそわと足踏みをするのだった。
感じた違和感はアタリであった。ユーリは左の手のひらに感じる熱と少し張った皮膚に眉根を寄せる。

「なんで頬、腫らしてんだよ」
「あのね、ユーリ」
「あ?」
「痛い…それ、触ると、結構」
「ちゃんと喋れお前」
「…ほんと、痛いそれ、ほっぺ」
「蜂にでも刺されたってか」
「!」
「図星って、お前…」

どうして分かったの、と言わんばかりに見開かれた紅色に、呆れてものも言えない。
どうやら今日の依頼で向かった先のニアタモナドで、電気ミツバチを怒らせてしまったらしい。それでもちゃっかり数匹捕まえて帰ってきたらしいから流石としか言えない。彼女のポーチがほのかに灯りをもっているのはそのせいだ。

「手当ては」
「そんなもんつばつけときゃ治るって依頼人さんに言われた」
「つばつけたのか」
「舌、届かない」

言葉もでないとは、このことだろうか。

とにかく解毒、あとは冷やさなければなるまいと、その腕を掴んで船内へ戻る。医務室までテテオを連行し、備品の中にボトルがあったはずとユーリはポーチの中を探りポイズンボトルを取り出した。
医務室の明りに照らされたテテオの頬は想像以上に赤く腫れ上がっていて、ユーリは思わず顔をしかめた。

「どうしてこう心配ばっかりさせるかねぇ…こういう時はなんて言うって教えたっけか?」
「いごきをつけます」
「お前それ丸暗記しただけだろ、気持ち込めろ気持ち」
「いごき、をつけます」
「以後、気を付けます。だろーがよ」
「はーい」

本当に返事ばっかり良い奴で困ったものだ。
嫌味もこめて、ユーリはガーゼにボトルの液体をひたし、それをテテオの頬に貼り付ける。突然襲った冷たさと痛みに、テテオは驚いて跳び跳ねた。
それにユーリが思わず笑えば、テテオはジリジリとした痛みに耐えつつ半泣きながらに恨めしそうにユーリを見上げる。すると、笑い声がピタリと止んだ。

「ユーリ?」

突然静かになったユーリにテテオは彼を覗き込む。すると、突然頭を力任せに撫でられた。

「阿呆…その顔やめろ」
「顔?」
「何でもねー。少しは反省しとけ」

ボソリと呟かれた意味が分からずに、テテオは首を傾げた。
ゆるりと視線を反らしたユーリの見る場所は定まっていなかった。覗き込んでも、反らされるばかり。
そしてその頬が赤いことに気付いたテテオは、おもむろに尋ねた。

「ユーリもハチにさされたの」
「お前と一緒にすんな」



唇からこぼれ落ちた、ラララ
(俺の目の前にいる、もっと質悪いヤツに決まってんだろ)(なんて言っても、お前には通じないんだろうな)




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これ書いたのいつだろう…終わりかた決められずに放置していたやつです。
しめは切なめ片想いな感じにしました。ユーリが乙女すぎた
ひさびさに2ディセンダーを書いたら、書き方を忘れてました。
そして甘口なやつを書くのもひさびさすぎて、最後のほう照れに悶えながら書いてました(゜゜)


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