甘くて苦くて、苦しくて
甘ったるくて美味しそうな匂いが充満した部屋に
「何作ってるんだ?」
いちばん似合わない男がキッチンを占領してコンロに向かっていた。
普段なら甘い匂いがしただけで死ぬほど嫌がるくせに
何だか楽しそうに匂いの原因であろう小鍋をかき混ぜている。
「おう、フォックスか。何作ってるか分かるか?」
話しかけると振り向きもせずに珍しく機嫌の良いファルコから問題を出題された。
ファルコが何を作っているのかと言う事より、こんな甘ったるい部屋に居て大丈夫なのか、そっちの方が気になった。
急に倒れたりしないよな?倒れても俺知らないからな!
「そういえば、お前の牛乳使わせてもらったぜ」
机の上を見ると牛乳パックとブラックの板チョコの包み紙、それからマシュマロ2つ。
待て、マシュマロも俺のだ!
とりあえず、机の上にある物を使ってファルコは何かを作っているのだろう。
「ヒントはこれだけか?」
机の上を指さすと、テーブルスプーンでかき混ぜていた小鍋の火をカチッと止めて
「ん」
中身を見せてきた。
小鍋の中にはドロドロに溶けて軽く泡立ったチョコレートが入っていた。
何だろう。コレだけでもすごく美味しそうだ。
「チョコレートフォンデュ?」
「ハズレだ。マグカップ持って出来るの大人しく待ってろ」
マグカップを押し付けられ、そのまま近くにあった椅子に無理やり座らせられた。
「ファールコ」
座ったまま、椅子を引きずってファルコに近付くと一言「大人しくしてろ」と元居た場所に戻される。
そんなことをしばらく繰り返していたけど反応のつまらないファルコに飽きて、大人しくマグカップをぶらぶらと揺らしてうなだれる。
変調の無い小鍋に当たるテーブルスプーンの音を何気なく聞いていると
「ふぁ…ぁ」
大きな欠伸が自然ともれた。
休息の無い立て続けの任務にろくに睡眠が取れていなかったからだ。
今日もこれから完了した任務の詳細を報告してこなければならない。

今日も夜は長くなりそうだ……



「フォックス」
「…ん……んん?!」
気が付いたら眠ってしまっていたらしく、ファルコに起こされる。
「ゲホッ…ッ…」
ファルコに起こされたと言うより、ファルコに口の中に入れられた異物によって永遠の眠りにつかされそうになっていた。
こ、殺す気か…!
「大きな口開けて寝てたからつい、な」
異物の正体はマシュマロで、唾液を吸って膨れたマシュマロは余裕で気管を塞ぎかねない。
マシュマロなんかに殺されてたまるか!
怒りを込めてファルコを睨んでいると、奇跡的に割らずにしっかりと持っていたマグカップに
「ホットチョコレートだ」
さっきまでファルコが作っていたチョコレートの液体を注がれた。
「あ、ありがとう」
その中にライターであぶったマシュマロを添えられる。
早く飲め!と目で訴えてくるファルコに従って
「あたたかい…」
一口だけ口に含むと、口の中に程良い甘さが広がった。
「フォックス、最近頑張りすぎだぜ。倒れでもしたら迷惑だ」
「ん…、悪い。でもあと少しなんだ」
俺の前髪を毛並みに逆らって小突くように一回だけ撫でると、
「……部屋に戻る。甘い臭いで気持ち悪ィ」
背を向けてファルコが歩き出した。
「ファルコ!」
「それ、疲れが取れるらしいぜ」
ホットチョコレートの入ったマグカップを指さして、ファルコが笑う。
ファルコの口が「無理すんなよ」と音を発さずに動いたのを見届けると同時に、ドアが音を立てて閉まった。
「これ、俺のために作ってくれてたのか」
ファルコのおかげで久しぶりに有意義な時間が過ごせた気がする。
ホットチョコレートを一気に飲み干してマグカップの底に残ったマシュマロを眺めていると急に眠気に襲われた。
まだ寝たらダメだと、残ったマシュマロを口に含んで背伸びをしながら立ち上がる。
ん?あれ…
「ひょっとして俺が片付けるのか?」
ファルコが散らかしに散らかしたシンクが目に入って、思わず口からマシュマロを落としてしまった。
本当にファルコのおかげで有意義に時間が過ごせそうだっ!!

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