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〜 Remember my heart 〜
if ending ジークリンデ
「……また、してもうた」


もう、何度目やろうな。

部屋を、物を跡形もなく壊してしまうのは……。
大好きだったぬいぐるみも人形も、全部壊れてしもうた。




「ほんま……いやに、なるわ」



力を暴走させて、周りの人たちを傷つけて……。
ウチは、こんな記憶なんかいらない。


こんな人を傷つけるだけの力なんかいらない!!


どうしたら、この力に振り回されずにすむんや……。
だれでもええ……。


―――――だれか、ウチを助けて。


そんなとき……。



「……なに、そんな悲しい眼をしてるんだ?」



黒髪の男性がウチに話しかけてきた。


それが、後にウチの運命の人となる最初の出会いだった。




*     *    *




(話は聞いていたけど、これは酷いな……)




タイムワープをするとき、アルテミスから、ある少女の話を聞かされた。
それは、ベルカの血筋『エレミア』の記憶を持つ少女の話。



未来の世界では会うことがなかった女の子だが、それには理由があった。
この子は、幼いとき、両親にも先立たれ、残された遺産で暮らしていたけど、エレミアの記憶と力が彼女を大きく苦しめていた。


9歳の彼女では、その力をコントロールすることなんか出来ず、触れる物全てを壊してしまっていた。
それを周りの人間が恐れ、一人、また一人と彼女の前から消えていった。


そのせいで、彼女は自分の心の殻に閉じこもってしまい、死んでいるも同然の状態になってしまった。
それだけではない。

後から知った話だったが、クアットロの奴が、彼女の力を利用しようとしていたことも分かった。
あいつが彼女のことを知ったときは、すでにこの世にはいなかったから利用されなかっただけで、もし、このままだったら、あいつのことだ、必ず利用するに違いない!!




―――――そんなことだけは絶対にさせない。


一人の少女の人生を、あの女に狂わせてたまるか!!



「……壊れるんよ」

「壊れる?」


  
少女は、人生の全てに倦んだ老人のような瞳をしていた。
生きる希望ってものが全く感じられない……。



「ウチが触ると、みんな……壊れてしまうから」


その言葉が物語るように、部屋は破壊の限りを尽くされていた。
柱にある抉られたような傷跡。


辺り一帯に散らばってしまったボロボロのぬいぐるみ達。



「だから、あんたも……はよ離れた方がええよ」

「……」



―――――泣いている。


この少女は、心が引き裂かれそうな悲しみを抱えて、ずっと泣いている。
俺は、少女に歩み寄ろうとするが……。



「……くっ」



少女の魔力をこめられた拳を、腹部にめり込まされた。



「……聞こえへんかったのかな。離れてって……言ってるんや!!」

「はぁ……はぁ……」




―――――まずいな。


完全に今の一撃で、肋が数本持っていかれたぞ。

呼吸するのも苦しい。
気を抜いたら、今にも気絶してしまう。


だけど……。



「……どうした。エレミアの拳は、そんなもんか?」

「……そんなに、壊れたいんやったら、壊してあげるで……」



少女の拳は、俺の急所を的確に捉え、確実に俺の身体を壊していく。


右足

左足

腹部

左手


残されたのは右手のみ。
だが、潰されるのも時間の問題だ。



《マスター!! どうして転移魔法使わないんですか!! あれだったら、対応できますのに!!》

「……確かにワープ使えば、意識刈り取るだけなら可能だ。だけど……それじゃ駄目なんだ」



ただ、勝つだけだったら、この子の心の闇は一生晴れることはない。
今、この子に必要なのは、どんなことをしても壊れないと思わせること。

そして、この子の悲しみを受け止めること。


―――――それが出来なかったら、意味はない。




《……まったく、古代ベルカの『エレミア』に挑むのに自殺行為ですよ。でも……》


プリムは一呼吸置いて……。


《そんなマスターだからこそ、私も全力でサポートするんですけどね。マスター、やるからには全部受け止めてあげてくださいね!! 中途半端はなしですよ!!》

「……サンキュー、プリム」



俺は、最後の気力を振り絞り、もう一度立ち上がる。
この子に言葉で伝えるために―――――。



「なんで、なんで、あんたは立ち上がれるんや……。そんなボロボロになって……どうしてや!?」

「そうだな……。うまくは言えないけど……」



最初は、クアットロに利用されないようにと見に来ただけだった。
だけど、こうして会って、こんな悲しい眼を見て……。


こんなに心が泣いてる女の子を、放っておけるわけ無いだろ!!




*    *    *




何度も、何度も立ち上がってくる。
ウチがいくら壊しても、その度に傷だらけになりながらも立ち上がってくる。


そして、この人の目はウチを憎むどころか、むしろ心配してくれてる瞳をしてる。



なんでや……。



なんで、見ず知らずのウチにそんな優しい笑顔をしてくれるんや?



そして、唯一残された右手でウチの頬にそっと触れ……。



「……泣いてる子を、放っておけない。それだけだよ……」

「あっ……」



ばかや……。


この人は、ほんまの大ばかや。



たったそれだけの理由で、こんなに傷だらけになって……。



「ごめんなさい……。ほんまに……ごめん、なさい……」



こんなに優しい人を、ウチはこんなに傷つけてしまった。
エレミアの力に身を任せて、ウチのことを本当に心配してくれる人を傷つけてしまった。



「……謝る必要なんてないよ。その歳で、エレミアの記憶と経験を刻まれて、それをずっと耐えていたんだからね……」

「でも……。でも……」



そんなのは理由になんかならない。
この人を傷つけてしまったのは、事実なんだから……。


だけど、この人はとても優しい笑みをし……。



「……笑ってくれないかな」

「えっ?」

「もし、俺のことを少しでも思ってくれるなら、笑顔でいてくれ。やっぱり、女の子は笑顔が一番だから……」

「……ほんまに、あほですね。自分をボロボロにした相手に、そんなこと言うなんて」

「かもな……」



こんな事言ってくれる人なんか今までいなかった。
お父さんとお母さんがいなくなってから、ずっと、ウチはひとりぼっちだったから……。



「そういえば、まだ名前、言ってませんでした。ウチはジークリンデ・エレミアです」

「俺はフィル・グリード。一応、管理局員の卵って所か、な……」



フィルさんは、さっきまでのダメージのせいで、そのまま体勢を崩してしまった……。



《マスターッッ!! まったく……。無茶しすぎです》

「すまないな……。プリム」


フィルさんは、デバイスに回復魔法をかけてもらって、どうにか立ち上がれるようになって……。


「ふぅ……。さすがに体中痛いな」

《当たり前です!! 本来なら今すぐ入院コースです!!》

「……ううっ、ほんまにすみません」


全身があんなになるまで、ウチの打撃を受け続けてきたんや。
死んでしまってもおかしくなかった攻撃をずっと……。


《気にしないで良いですよ。ウチのマスター、これくらいでちょうど良い薬ですから……》

「……厳しいな、プリム。ははっ……」

「ふふっ……。確かに」

「「《ははははははっ!!》」」





久しぶりかもしれへんな。
こんな風に笑おうなんておもったのは……。




*    *    *






「少し、なにか食べようか? エレミアはしばらく食べてなかったみたいだし、俺で良かったら、何か作るから……」

「……良いんですか?」

「ああ、ひとりぼっちで食べるご飯より、誰かと食べた方が美味しいからね。少し待っててね……」



そう言って、フィルさんは台所に行き、手際よく料理をしていく。
ウチ、料理スキル全くないから、ジャンクフードだよりだし……。



「さぁて、出来たぞ」



作られた物は、卵焼きにお味噌汁、そして……。



「おにぎり……」

「そう、おにぎり。人の温もりの味を感じるにはこれが一番だからね。さぁ、どうぞ」

「いただき、ます……」


ウチはおにぎりを一口食べ……。


「……おい、しい」



―――――懐かしい味。


お父さんとお母さんがいたあの時の懐かしい味。


よくお母さんが、こうしてあったかいご飯を作ってくれたんや。



「……美味しい、ほんまに……おいしい……」



両親との思い出を思い出してたら、涙がポロポロとあふれてくる。
すると、フィルさんが抱きしめてくれて……。



「……泣きたいときは、思いっきり泣いた方が良い」

「……う、うわああああああああああっっ!!」



しばらくの間、ウチはフィルさんの胸の中で……。



本当に久しぶりに思いっきり泣き叫んだ。






*    *    *




「ほんまに……いろいろご迷惑かけました」

「いや、少しでも助けになれたのなら、それで良いさ……」



さっきまでと違って、エレミアの瞳には光が戻っている。
生きようとする力が……。



「これから、どうするんだ?」

「……この屋敷を売って、どこか一人で暮らそうかと思ってます」



確かに、両親の思い出が詰まった家にいるのはつらいだろうな。
だけど、悪いがこれだけ破壊され尽くした屋敷だと高くは売れない。



「残酷なこと言って悪いが、今のこの屋敷には資産としての価値は殆どないぞ」

「そう、なんですよね……」


エレミアもそれは分かってるらしく、それを当てにするわけではなさそうだが……。



「……それと、君を放っておくと、ジャンクフードばかり食べそうで心配だな」

「あうぅ……」


やっぱりそうか。
冷蔵庫を調べたとき、ジャンクフードが殆どで、米と卵と簡単な調味料しかないって……。

絶対に栄養偏るぞ……。



「……ここまでお節介ついでだ。『エレミアの神髄』に関しても、鍛えればコントロールは出来るから、栄養管理も兼ねてしばらく俺の所にくるか?」

「……でも、ご迷惑では」

「あのね……。今の君をそのまま野放しにする方が危ないよ。修練は良いとしても、栄養面、絶対に駄目になるだろうし……」

「……だって、ジャンクフードの方が美味しいんだもん」



拗ねた表情が出るようになったのは、人間らしさを取り戻したって事で良いんだけど……。
もう少しだけ、自分を大切にしような。



「そう言ったことも含めて、よかったらだけど、一緒に暮らしてみないか? 俺も近いうち大きな仕事入るから、それまでの期間限定だけどね……」

「……分かりました。それでは、お世話になります!!」

「あ、そうそう。そんな無理矢理に敬語使わなくて良いから。もっとざっくばらんにな……」

「それじゃ、フィルにぃ、って……言ってもええかな?」


フィルにぃ、か……。
今の彼女には、兄貴が欲しいんだろうな。



「……俺で良かったら、良いよ。これから、よろしくな。エレミア」

「むぅ、フィルにぃも、ウチのことはジークってよんでや!!」

「分かった……。改めてよろしくな、ジーク」

「うん♪」



この笑顔を守るためにも、俺はクアットロを絶対に……倒さないとな。


こうして、JS事件が始まるまで、俺たちは一緒に暮らすことになった。
最初は、レジアスの親父さんにお願いするつもりだったけど、ジークの強い希望でそのまま二人で暮らすことになってしまった。


てっきり、オーリス姉あたりが、若い二人がっていうと思っていたんだけど……。




『あなたの場合、誰かが一緒の方が無茶しなくて良いわ。だから、ジークちゃん、フィルのこと頼んだわね』



俺、そんなに無茶するように見られていたのか……。


レジアスの親父さんとの顔合わせが終わった後、しばらくの間、色んな人と出会うことになった。
ジークと同じ、古代ベルカの血筋『雷帝』の流れを汲むヴィクトーリアとも顔合わせが出来て、いつの間にか二人とも仲良くなっていた。

なんか、うれしいよな……。


これで、俺が何かあったとしても、周りの人たちがいてくれる。
今のジークは一人じゃないんだから……。


そして、新暦75年2月……。





*     *     *





「フィルにぃ……。行ってしまうやね」

「ああ、大切な仕事が待ってるからな……」



フィルにぃに聞かされていた約束の刻。
とうとう来てしまったんやね……。



「ウチもフィルにぃがいない間、自分をもっと磨きたいから、旅、行くことにしたわ」

「そっか……」



フィルにぃは、この家を使ってくれて良いと言ってくれたが、エレミアの神髄はまだ完全にコントロールできる訳じゃない。

もっと鍛えて、きちんと使いこなせるようになるんや。



「だったら、めざすなら世界一を目指してみろ。ジークにはその資質は十分あるから……」

「うん!! ウチもフィルにぃと再会したときに誇れるように頑張るわ!!」



強さだけでなく、フィルにぃとずっと一緒にいられる素敵な女の子になれるように……。
フィルにぃも、心に悲しみを秘めてるのは一緒に暮らしていて分かった。

だから、その悲しみをウチも一緒に背負わせてや。


そのためにいっぱい頑張るから……。




*     *     *





「……うっ……ううぅ……」

「全力のエレミアを相手にして、五体満足で帰れると思ってもらったら困るよ」



ウチはフィルにぃがいない間、死にものぐるいで修練を積んだんや。
心も身体も鍛えて、世界一にもなった。


だから、そう簡単に勝てると思わないでや!!



「例え、五体が砕けようと、どれだけ血を流そうと……」


彼女は必死になって立ち上がってくるけど……。


「守るべきものを守りきる!! それが覇王の意志です!!」

「それ、自分の意志ある?」

「私は私です。私は自分のためにここにいて――――。自分の意志で戦うだけです!!」

「そうは見えへんからゆーてるお節介や」



きっと、フィルにぃやっても、同じ事を思うやろうな。
いまのあの子は、自分の過去に縛られてしまってる。

かつてのウチのように、記憶に縛られてしまっている。


―――――それはとても悲しいことやから。


ウチは腕十字で動きを完全にロックする。



「無くなった国やいなくなった人のために、君が人生を犠牲にするんは間違ってる」


そう……。

ウチも、フィルにぃからそれを教えてもらった。
自分の身体があんなにボロボロになるまで、ウチを助けてくれた。


そのおかげで、ウチは『エレミア』の転生体としてではなく、ジークリンデ・エレミアという一人の女の子としていられるようになったんや―――――。



―――――それを、今度はウチが伝える番なんや!!


ウチと同じ、過去の記憶で苦しんでいる女の子を助けるために!!


「……あ、ああ」


腕十字は強引に外されたけど、今度は腕と胴体を完全にロックした。

ウチのフロントチョークは、そう簡単には外れへんよ。
500年分の戦闘経験は、伊達やないんやで。



「過去に縛られて、体と心を痛めつけて、自分の人生を犠牲にして、そんなんで誰が喜ぶんや……」


そんなん誰も喜ばへん。残るのは悲しみだけ……。


「君は、フィルにぃが必死で伝えようとしていたことを分かってない。ずっと一緒にいて、それがわからへんかった?」


フィルにぃからの手紙とかで、今、彼女たちと一緒にいることは知っていた。
きっと、ウチの時と同じで必死に助けようとしていたんやろうな……。


だから、ウチがフィルにぃに代わって伝えたる。


あの人がどんな思いで、君に伝えようとしたかを……。




*     *     *





「なかなかええ眺めやろ?」

「確かにそうですけど、ずいぶん奮発しましたね。はやてさん」

「何いっとるんや。あんたも大半払ってるくせに……」

「さすがに、全部おごりは申し訳ないでしょう……」



いくら司令クラスとはいえ、この人数のおごりは厳しいだろう。
少しは俺も出さなきゃ申し訳ない……。



「まったく……。それがフィルのええところでもあり、欠点でもあるんやけどね。さて、あっちでお姫さんがずっとまっとるで!!」

「おっとと……」


はやてさんに背中を押され、俺はみんながいるテーブルに行った。
そこで俺に話しかけてきた女の子は……。



「久しぶり……やね。フィルにぃ」



あの時よりも、ずっと成長していたジークリンデ・エレミアだった。



「……髪、長くなったんだな?」

「うん……。あの時から、ずっと伸ばしてたんや。フィルにぃと再会できますようにって」

「そっか……。その髪型もよく似合ってる。まぁ、ジャージってのはちょっとなんだけどな……」

「あうぅ……」



むかしから、ジークは服に関しては無頓着だったからな。
動きやすければそれで良いって言ってたし……。



「それはフィルさんの意見に賛成しますわ」

「ヴィクターまで……酷いわ」



俺たちのことを見つけて、ヴィクトーリアが向こうからやってきて……。


「お久しぶりですね、フィルさん。あの時は……本当に、ありがとうございました」

「俺は大したことはしてないよ。切欠くらいにはなったかもしれないけどね……」


あの時、成長することが出来たのは、彼女自身の努力だ。
俺は、背中をそっと押して切欠を作ったに過ぎない。


「本当、相変わらずですわね。それをともかくとしまして、ジーク!!」

「な、何や!?」

「私、以前にも言いましたわよね。そんなずぼらな格好じゃ、フィルさんに嫌われますわよって……」

「お、俺は別に……そこまでは」

「フィルさんは、少し黙っていてください」


ヴィクトーリアの有無を言わさない迫力に、俺は黙るしかなかった。



*     *     *



(とりあえず、フィルさんには聞かれたくありませんので、念話に切り替えさせてもらいますわよ)

(いったいどうしたんや、ヴィクター?)



ヴィクターが通常会話から、念話に切り替えてフィルにぃに聞かれないようにして話をし始めた。



(この際、単刀直入に聞きますわ。あなた……。フィルさんのこと、どう思ってますの?)

(ど、どうって……ウチは……)



どうって言われても、フィルにぃはウチにとても優しくて、時には厳しいけど、それでもウチのことをいつも温かく見守ってくれてた。




(じゃ、例え話をさせてもらいますわ。フィルさんと私が付き合うようになったら、あなたはどんな気持ちになります?)

(……えっ?)


ヴィクターとフィルにぃが付き合う?
二人なら、とても似合うカップルだと思う。


性格こそ正反対だけど、フィルにぃのことはウチと同じくらい分かっている。
でも……。


なんや、このもやもやとした気持ちは?


二人のことを思うだけで、とてもつらく悲しい気持ちになってく。


フィルにぃも、ヴィクターも大切な人なのに……。



―――――いやや。


フィルにぃが誰かと付き合うなんて、そんなん……いやや。


すると、ヴィクターがすごく優しい笑みをして……。


(答え、出ているじゃないですか。今のあなたの気持ち、それがフィルさんへの想いですわよ)

(あっ……)



そっか……。


ウチがずっと思い続けてきた想い。


―――――答えは、最初からあったんやな。



「フィルにぃ」

「ん? どうした」

「……食事会が終わったら、少しだけ……二人きりで話したいんや」



だったら、ウチがすることはたった一つ。


自分の気持ちをフィルにぃに伝えることだけや。




*     *     *




「……ごめんなさい。明日、ウチらのことで忙しいのに……」

「別に良いって。可愛い妹分の頼みなんだしな……」

「……妹、か」



―――――やっぱりそうなんやね。


フィルにぃにとってウチは妹でしかない。
でも、ウチは決めたんや!!


フィルにぃに自分の気持ちを伝えようって……。



「……ねぇ、フィルにぃ」

「ん?」

「……フィルにぃにとって、今でもウチは……妹としてしか見れない?」

「えっ?」



しっかりせえ!!
ヴィクターにあんなに背中を押してもらったのに、ここで怖じ気づいてどうするんや!!




「ウチは……うちは……」



あの日、フィルにぃに救ってもらった日から、ずっと……。



「フィルにぃのことが……大好き、なんや」



一人の大切な人として、好きだったんや……。




*     *     *





―――――ジークの身体が震えている。


今の言葉を伝えるのに、どれだけの勇気がいるかは俺でも分かる。
今までの関係が崩れるかもしれない。

そんな想いがずっとあっただろうに……。


だけど、ジークは勇気を持って俺に気持ちを伝えてくれた。


その気持ちに真剣に答えなきゃ、人として失格だ。
だけど伝えても良いのだろうか?


―――――女神『アルテミス』から言われたあの事も。


俺がその事で悩んでいたとき……。


《……マスター、ジークに話しましょう。全てを……》

「プリム、お前……」

《今の彼女は知る権利があります。マスターに、必死で思いを伝えた彼女には……》


そうだな……。
荒唐無稽な話になってしまうだろうが、ジークに伝えよう。

それが今の俺に出来る精一杯のことだから……。





*     *     *





「ジーク、これから話すこと……。御伽話の様な話だけど、聞いて、くれるか?」


フィルにぃは、本当につらそうな表情をしている。
きっと、フィルにぃにとって、とてもつらいことをウチに言おうとしてるんや。



「……うん、ウチはフィルにぃのこと、信じてるから……」

「……ありがとう」



フィルにぃから語られた話は、本当に悲しい話だった。


本来はこの世界の人ではなく、時間軸が違う世界の人であること。


ミッドチルダは、あのゆりかごが殲滅して、フィルにぃの世界は古代ベルカの戦乱時代のような状態だと言うこと。


その戦いの中で、フィルにぃの大切な人たちが次々亡くなっていき、そして……。


最後の戦いでは、フィルにぃが唯一愛した女性まで失ってしまったこと。


―――――それだけではなかった。


フィルにぃは、女神によって、この時代に戻ることが出来たが、その時にウチのことも聞かされていて、それで助けてくれたことも……。



「……最初は、クアットロの野望に利用されないように助けるだけだった。でも、あの日……」


フィルにぃは一呼吸を置いて……。


「ジークの悲しい瞳を見て、使命感とかそんなのは全部吹っ飛んだ。絶対に俺が助けるって……我ながら無茶をしたさ」


そうや、フィルにぃは死ぬかもしれないウチの力を真正面から受け止め続けてくれた。
その思いが、ウチの閉ざされた心を溶かしてくれたんやで……。


「そして、JS事件が始まるまでの間、一緒に暮らして、俺の心もすごく安らいでいた。そのおかげで、俺は必ず生きて帰ろうって思うようになったんだ……」

《ですね……。こっち戻る前までは、クアットロと差し違える覚悟でいましたからね。マスターの心を救ってくれたのは、間違いなくジークですよ》


そんなことない……。
ウチは、いつもフィルにぃに迷惑ばかりかけていた。


『エレミアの神髄』のコントロールが出来るまで、何度もフィルにぃを傷つけていた。
日常だって、いつもフィルにぃに甘えてばかりだったし……。



「だから、こんな俺でもよかったら……」


フィルにぃがウチをぎゅっと抱きしめて……。


「あっ……」

「……ずっと、そばにいて欲しい。妹としてではなく……。一人の大切な女性として……」

「うん……。ずっと、ずっと……いっしょにいよう。フィルにぃ」




―――――ウチとフィルにぃは、星空が見守る中。



永久を誓うキスを交わした。



それは兄と妹から、ひとりの男女に代わった瞬間でもあった。





*     *     *




「んっ……ふぁ……あ、ん……」



フィルにぃとウチは、フィルにぃの部屋に着くなり、どちらからともなくキスをする。
着ているものが煩わしく、二人とも今は生まれたままの姿でベッドで愛の営みを繰り返している。


「……ごめん、な。ウチ、胸……おっきくなくて……」


ヴィクターみたいに大きかったら、フィルにぃも、もっと喜んでくれたと思うのに……。


「そんなことないって……。ジークの胸、俺は好きだけどな」

「……こんな、ちっちゃな胸でも?」

「……どうやら、言葉よりも態度で示した方が良いようだな」



そう言って、フィルにぃはウチの胸を何度も揉みし抱き、さらに胸を舌が何度も這わせて……。



「あ、ん……。むね、舐め、ないで……。んあっ!!」



フィルにぃが何度も舌を這わせるので、身体中電気が走るような快感が襲いかかる。
今まで感じたことがなかった快感に、ウチはパニックを起こしかけている。

さらに、胸だけでなく、お尻や足に至るまで、全身をくまなく愛されて……。


「ばかぁ……。フィルにぃ、いじわるや……」



ウチは、襲いかかる快感の海で気絶しかけていた。
こんなん、はじめてや……。


「でも、分かっただろ。俺がどれだけ、お前のことを求めたいかが……」

「……うん、いっぱい伝わった。でも……」


こうして、フィルにぃに愛されるのも良いけど……。



「……きて、フィルにぃ。ウチと……ひとつに、なろ……」

「……痛かったら言えよ」

「大丈夫、女の子を甘く見ないでや……。好きな人を受け入れられるのが、何よりの幸せなんやからね……」


そして、フィルにぃはウチの中に入ってくる。
最初は痛かったけど、愛する人がいるって感じられると、それすら愛おしく思える。



「……ええよ。もっと……もっと、フィルにぃを感じさせて」

「もう、加減……出来ないからな」

「……そんなんしないで。いっぱい……いっぱい……ウチのこと、愛して」



―――――月明かりが照らす部屋で。


ウチらの営みは幾度となく繰り返される。


それは、今までの時間を取り戻すかのごとく。


―――――激しく二人は愛し合う。





*     *     *




「それにしても、ジーク、ずっと『フィルにぃ』のままなんだな?」

「んー。 最初はフィルさんとかにしようって思ってたよ。でも、どうにもしっくりせえへんし……」



フィルさんって呼ぼうとすると、なんか他人行儀やし。
しかも、フィルにぃって、人に対して心の壁作るから、そんなことしたらさらに距離広がっちゃうし……。

でも、フィルって呼び捨てにするのは、まだ恥ずかしいんや……。


「最大の理由は、フィルにぃって呼び方は、ウチだけのものだから、なんか特別な気がして……」

「確かに……元『妹』なんて関係は、ジークだけだしな」

「あとは、ティアナさんが羨ましかったんや。フィルにぃに『ティア』って呼ばれてるし……」



確かにジークって呼んでくれてるけど、それはヴィクターや番長達も一緒や。
フィルにぃと特別なものは、この呼び方しかないんや……。



「だから、これはウチだけの宝物なんや〜♪」

「そっか……。そういうことなら、好きに呼んでくれ」

「うん!!」



そう言って、フィルにぃはウチの髪をそっと撫でてくれる。


「いつものツインテールは可愛いって感じだけど、髪おろした今のジークはきれいって感じだな……」

「ありがとう、フィルにぃ〜♪」


ウチはフィルにぃにすり寄って、思いっきり甘えていた。
フィルにぃって、普段はこんなこと恥ずかしくてなかなか言ってくれないけど、今はお互いに素直な気持ちになっている。


フィルにぃ、絶対にあとで顔真っ赤にするんやろうな。


「フィルにぃは、どっちの髪型が好き? ウチはフィルにぃの好きな方にするで」


ウチはロングでもツインテールでも、どっちでもええよ。
もし、ショートの方が良いっていっても、髪を切るし……。


「そうだな……。どちらも魅力があるから、一概には言えないかな。欲を言えば、どちらも見せてくれると……嬉しいかな」

「じゃ、これからいっぱい見せたるよ。いろんなウチの姿を、ね……」

「……楽しみにしてる。でも、今は」

「うん……」



今は、もっとフィルにぃと一つに繋がりたい。
それは、フィルにぃもウチと同じ気持ちだから……。




*     *     *




「それじゃ、後ろに乗りな」

「うん」



エレミアの手記が見つかって、それぞれ解散になり、ウチはフィルにぃと一緒に帰ることになった。
本当は、何人かがフィルにぃに送って欲しいってアピールしてたんだけど、ヴィクターが気を利かせてくれて、ウチらを二人きりにしてくれた。

ほんま、ヴィクターには頭があがらへんで……。


ウチはフィルにぃのバイク『ロードサンダー』の後ろに乗り、フィルにぃの身体にしっかりと抱きつき、思いっきりエンジンを吹かして、バイクを発進させた。



「それにしても、フィルにぃのバイクに乗るのも久しぶりやね」

「そうだな。俺が六課に入る直前が最後だったからな」

「せやね。あの時はフィルにぃの……恋人になれるなんて、思ってもなかった。ウチみたいなちんちくりんじゃ、きっとダメだと思ってたし……」



フィルにぃの周りには、本当に綺麗な人がたくさんおった。
機動六課の人たちはもちろん、ミカさんもヴィクターもみんな綺麗な女性ばかりだったし。

それだけやのうて、ハルにゃん達だって、充分しっかりとした考え方を持っていて、可愛い女の子達や。


そう考えたら、ウチなんて……。



「ジークはもう少し可愛いって自覚した方が良いかな。少なくても、俺には誰よりも可愛い女の子なんだし……」

「……フィルにぃが、そう言ってくれれば、それだけでええんや」


他の誰よりも、フィルにぃが可愛いって言ってくれれば、それが一番嬉しいんやから……。


「……そっか。それと可愛い服も持っていたんじゃないか。普段からそういうの着れば良いのに……」


今着ている服は、以前ヴィクターがウチにプレゼントしてくれた洋服。
紫のキャミソールに黒のショートパンツの組み合わせ。


動きやすくて、ウチの数少ないお気に入りの私服なんや。



「だって……。ウチにはおしゃれなんて縁がないものやったし」

「だったら、今度の休みにクラナガンに見に行くか? 2〜3着だったら買ってやれるし」

「え、ええよ!? そんなん悪いし……」



フィルにぃの事や、絶対に安売りの服なんか選ばない。
良いものだったら、ブランドとかお構いなしで買いかねない。

女の子の服って、ブランド物だとめちゃ高いんやで!!




「気にするな。自分の彼女に少しくらいはプレゼントしてやらないとな。だから、少しは見栄を張らせてくれ」




―――――いつもそうやったね。


自分の大切な人達には、めちゃ甘いフィルにぃ。


そのせいで、ヴィクターみたいにライバルも多いんやけどね。



「……ありがと、フィルにぃ」



ウチは、フィルにぃの背中に、さらにぎゅっと抱きつき、自分の胸を押しつけた。
フィルにぃ、何も言わないけど意識してくれてるのはわかってるで。


心臓の音がバクバクしてるし、思いっきり照れてるのバレバレや。
でも、ウチを女の子と見てくれてるのは、やっぱり嬉しい。


結局、ウチはフィルにぃの家に着くまで、ずっとこうしていた。




「着いたね、久しぶりやね」

「お前もずっと、旅していたからな。あれから、ずっと家に帰ってこなかったしな」

「……うん、今やから言うけど、ちょっとだけ帰り辛かったんや。フィルにぃが誰かと付き合って、それを見るのがつらかったんや……」



妹として、一緒にいようと思ったときもあった。
でも、やっぱり心のどこかでそれを受け付けられなかった。

今考えれば、それがよく分かる。



「……あっ」

《マスター、少しは察してあげてください。私も人間の女性だったら、同じ事思いましたよ》

「でも、そんな心配は今日でお終いや!! これからはウチがフィルにぃの彼女なんやからね!!」



―――――だから、フィルにぃ、覚悟してね。


恋を自覚した女の子は無敵なんやからね。





*     *     *





「待っててな。今日は、ウチがフィルにぃにご飯作るから!!」



ジークにそう言われて、俺は台所を追い出されてしまった。
せっかく自分の彼女に手料理を振る舞おうと思ってたんだが……。


《マスターは、今回はおとなしく待っててください!! 手料理は明日でも出来るんですから……》


まぁ、確かにそうなんだけどな……。
しかも、プリムの奴、意味ありげな態度取ってたし……。


しばらく待っていると……。



「お待たせ!! やっと出来たで」



ジークが作ってくれた料理は、卵焼きに大根と油揚げの味噌汁。
そして……。



「……おにぎり。これって……もしかして?」

「せや、フィルにぃが、ウチに一番最初に作ってくれた思い出の料理。フィルにぃ言ってたやん。おにぎりは人の心の温もりを感じるのに一番良い料理だって……」



―――――あの時の言葉を覚えてたんだな。



「だから、今日だけはウチが作りたかったんや。ウチの愛を食べて欲しかったから……」

「……ありがたく頂くよ」


俺はジークが作ってくれたおにぎりを一口食べる。



「……やさしい、本当に……やさしい味だ」



食べやすい味付けで、それでいてやわらかくて口の中でホロッとほどける。


―――――思い出すな。


向こうの世界で、食料が手に入りにくい中、よくティアが作ってくれたおにぎり。


スバルと一緒によく食べたあの時の味。




「よかった。ウチの精一杯の愛情を込めて握ったんや。フィルにぃ、あの時フィルにぃが作ってくれたおにぎりの味、ちゃんと出せたかな?」

「……いや、これはもっと美味しいよ。ジークのやさしい温もりが込められてるんだから……」



このおにぎりから、ジークの気持ちがいっぱい伝わってくる。
やさしくてあたたかいジークの心が……。



「あの時、フィルにぃが作ってくれたおにぎりもそうやったんやで。ウチにやさしい思い出を、思い出させてくれたんだから……」

「そっか……」

「ウチね。あのときから、おにぎりが大好きになったんやけど、やっぱり、一人で食べるおにぎりより、こうして、大好きな人と食べるおにぎりの方が、ずっと……ずっと美味しいね♪」

「そうだな……」




―――――プリムが言おうとしたことが、やっと分かった。


そして……。


ジークが俺との思い出を、どれだけ大切にしてくれてたかもな。




「……これからも、こうして一緒に美味しいごはん、食べていけたらいいな」

「良いな、やないで。していくんや、二人でずっと……や」



そんな温かい家庭をいつか作っていけたら良いな。
ジークの言葉じゃないけど、良いな、じゃなくてするんだよな。




*     *     *




「で、なんでお前は俺のベッドに寝ているんだ?」

「えっ、そんなん当たり前やん。恋人同士はこうして一緒に寝るって決まってるんやで♪」




何を今更言っとるねん。
昨日だって、あんなに激しく求め合ったのに……。




「お前の部屋は、そのまま残してあるんだから、そこで寝ればいいだろうが!!」

「ふっ、甘いで。ウチはもう、フィルにぃと一緒じゃなきゃ安心して眠れないんや〜♪」


ウチは、フィルにぃのベッドの半分を強引に侵略する。


「……男のベッドに入るって事は、分かってるんだろうな?」

「……分かってるよ。もう、妹じゃないんやから。だから……」



―――――妹じゃ出来ないことを、いっぱい、してや。



これからも、いっぱい頑張って、フィルにぃの為に可愛い女の子になるから。
あと少しだけ、大人になったらその時は……。


ウチを、フィルにぃの花嫁さんにしてね。



―――――それがウチの一番の夢なんやからね♪


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