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〜 Remember my heart 〜
SPECIAL PROGRAM vol.5 if ending 仁村知佳
※諸注意

この話は、魔法少女リリカルなのはの原作になりました、とらいあんぐるハートシリーズからのヒロイン、仁村知佳とのお話になります。

とらハを知らない人には申し訳ありませんが、これも一つの物語と思ってみていただけたら嬉しいです。




*    *    *





「す、すみません、急いでるもので……」

「そうですか、すみませんでした」


俺は、近くにいた女性に声をかけたが、あっさりとかわされてしまう。
はぁ……。やっぱり俺にはナンパは無理だっての……。


なぜ、こんな事になってしまったかというと、遡ること3日前。
俺は、なのはさん達とティア達と一緒にレクリエーションと言うことでゲームをやった。

そこで最下位になった人は、罰ゲームをしなければならないと言うことだったが、その罰ゲームが……。



「まさか、ナンパをしてこいなんてな……」


最初はなんかの冗談かと思ってたが、はやてさんが許可を出してしまい、このふざけた罰ゲームを実行しなければならなくなってしまった。

やったかどうかをプリムが監視してるので、嘘の報告は出来ない。



「まぁ、これでナンパ自体はしたんだ。これで勘弁してもらおう……」

《そうですね。後はせっかく地球に来てるのですから、骨休めをしてくださいね》

「……そうだな」



実は、ここはミッドではなく地球。
しかもなのはさん達の故郷、海鳴市に来ていた。


ここにいるわけは、罰ゲームのもう一つの内容、地球の翠屋でケーキを買ってくること。
これを実行するために、地球に来ていた。

これは、比較的に簡単だっだんだけど、やっぱりナンパをするってのが一番きつかった。
まぁ、ミッドでナンパをしろって事じゃなくて良かったよ。知り合いに見られたら、それこそ俺はミッドにいられないぞ。



「でも、ヴァイス陸曹が、お前なら絶対にうまくいくって言ってたけど、やっぱり間違ってたよ……」



そんなことを考えながら、駅前の道を歩く。
人通りも少なくなっていき、車の数も減った所だった。


すると……。


《マスター、あれを!!》


こっちに曲がってきた車は、赤信号なのに思いっきりこっちに向かってきている。
さらに、運悪く横断歩道を渡ろうとしたさっきの女性が、そこに立ちつくしていた。



「くっ!!」


俺は、慌てて駆けだすが、このままじゃ間に合わない。
JS事件で受けた傷で、魔法を使うのを禁じられている。

でも、今はそんなこと言ってられるか!!



「ソニックムーヴ!!」


発動した瞬間、体中から痛みが走る。
今にも集中力が切れそうだ―――。


間一髪、女性を抱きしめ車をかわす。
地面に激突する寸前、自分の身体を捻り、相手の身体を庇う。

それでも、勢いは殺しきれず、俺は歩道との段差で頭を打ってしまった。



*    *    *



(えっ、えっ? 一体、なに?)



いきなりのことで、私はフィンを展開する暇もなく、もうだめと思っていた。


―――車にはねられる、そう思った瞬間。


思っていた衝撃は来なかった。

今の状況は、さっきの男の子に抱きしめられているということ。


「うっ……くっ……」

「だ、大丈夫!?」

「……な、何とか間に合った……んですね」


そっか……。
この子が私を助けてくれたんだ。


「うん……。あなたが庇ってくれたおかげで、何とも……」


額から、少しだけど出血もしている。本当にごめんなさい……。


「そ、そうですか……。無事で……よか……った」


そして、男の子はそのまま気絶をしてしまった。
気を失ってしまった男の子の頭を調べると、額の出血以外は外傷は見あたらない。

強い衝撃と言っても、受け身をちゃん取っていたらしく、ぶつけた頭部以外は大丈夫だった。


「これなら、大丈夫……。ただの脳震盪だから」


その後、人も増えてきたので近くの公園に移動した。



「頭……そのままだと、痛いよね。それに……うなされてるし」



*    *    *



―――夢を見ている。


いや、どちらかというと自分のことを見てるんだな。



”大切な人たちが……みんな死んでしまった”


”あの女の……クアットロのせいで、全てを失ってしまった”


”俺の力が足りないばかりに……ティアを死なせてしまった”



このことを思い出す度に、俺は自分の無力さを思い知る。


ふと、顔を上げると、ある光が一筋見え、その光から響いてくる声は、俺の心に温かい物が伝わってくる。



(あなたは……一人じゃないんだよ。大丈夫だよ)


―――誰だ?


あたたかい……。光が俺を包んでくれてる感じ。



まるで……。



天使のような……。



「……うっ……あ」




意識が戻り、今の現状を理解しようと頭が働き出す。


頭が痛い……。



どうやらさっき頭を思いっきり打ったみたいだな。
でも、なんだか痛みがひいてるような?


ゆっくりと目を開き、俺の視界に移ったのは……。



「……天使?」


天使に見えたのは、さっきの女性。
夕焼けの木漏れ日が、そう見せていたのか?



「……どう? 大丈夫?」


女性が不安げに聞いて来ていた。


「は、はい……」


まだ意識が朦朧としていて、状況を把握しきれない俺は、虚ろに返事を返す。



「……ありがとう、助けてくれて。しばらく、じっとしててね」


そう言って、俺の頭をそっと撫でてくれる。


―――この声。


落ち着くというか……優しい声だな。


まるで、”あの人”みたいな……。


目を閉じながら、ふと思った。



「こんなに落ち着くのは……ひさしぶりです」

「そうなんだ、ゆっくりしてていいよ」


俺は、自分の上から聞こえてくる声で、やっと自分の体勢に気付く。
彼女は、俺を膝枕してくれてたんだ……。



「す、すみません!! す、すぐにどきますから」


何とか立ち上がろうとするが……。


「すぐには無理だよ。私は良いから、しばらくはこのままで……ねっ」

「……はい」



言葉に甘える訳じゃないが、この声に逆らいたくなかった。
辺りを見渡すと、すっかり日も暮れ静かになっていた。



「私は、仁村知佳って言います。君は?」

「フ、フィル・グリードです……」


さすがに、この体勢で自己紹介をしあうとは思っても見なかった。
仁村さんは、自己のことを、俺は、膝枕をしてもらってることで互いが謝っている。



「じゃあ、私も事故のことは気にしないから、フィル君も、ひ、膝枕のことは気にしないで……それで良いかな?」

「はい」




*    *    *



「そっか……。フィル君もいろいろあったんだね」



しばらく話してるうちに、フィル君がさっき見ていた夢の話をしてくれた。



「いろいろありまして……たくさんの物を無くしてきました」



それは、きっと大切にしてた人を亡くしたこと。
私は、人の心を見てしまうことが出来る。


意図的じゃなくても、時には悲しい思いとかが流れてくることもある。


―――フィル君の悲しい心。


それが痛いほど伝わって来ちゃったから。



「結局、俺は何にも変わっていないって事ですね……」


フィル君は目を閉じたまま、言葉を続けようとする。


「そんなことないよ……。フィル君は一人じゃない。今は一人じゃないんだからね……」


気がついたら私は、フィル君の頭を自分の方へ抱き寄せていた。


「なぜか……。なぜか、夢の中でも同じ事言われました」

「……それは」

「貴女の声だったんですね……。あれは俺には、天使の声に感じました。どういう理屈で聞こえたかは分かりません……」


ごめんね……。私の心の声がフィル君に流れちゃったんだね。



「あたたかった……。本当に……あたたかったです」


フィル君の閉じた瞳から、一筋の雫がこぼれ落ちる。
さっき心を読んでしまったとき、私がかかってる病気のこともフィル君は知っていた。


話そう……。


私だけが、フィル君の心を一方的にのぞいちゃってるのはダメだから……。



「フィル君……。変異性遺伝子障害(HGS)って知ってるかな?」

「はい……。知ってます。もしかして、仁村さんも?」

「うん……そうだよ。知ってるんだよね。私、貴方が知ってること分かってるのに……。あなたの大切にしてる物全てを知ってしまって……。土足で入って……ごめんね」

「いえ、仁村さんがわざとするような人じゃないって事は、少し話しただけですが分かりますから……」

「……ありがとう。ねぇ、目を開けて……」



コントローラーのスイッチを切り、私はHGS特有の翼を出す。


―――二枚の白い翼。


翼がフィル君を包むように現れる。




「……これが、私の翼……だよ」




私は黙ってフィル君の返事を待つ。


―――不安だった。


フィル君は、こういったことで偏見を持つ人じゃないって事は知っている。


彼がどれだけ優しい人かも分かっている。


でも、それでも……不安だった。



「綺麗だ……。夢で感じた……あのあたたかい白い翼……」



彼の言葉は嘘を言ってなかった。


私に流れてくる心の声も、全く同じことを言ってる……。


「……ありが……とう」



そして、自分に好意を寄せてくれていることが嬉しかったから……。



「ごめんね……。心の中覗いちゃって」

「いえ、俺は……不器用で、言葉にするのが苦手ですから……助かります」



こんなことを言われるのは初めてだった。
真雪お姉ちゃんも、本音で言ってくれたけど、男性でこんなことを言ってくれる人はいなかったから。




*    *    *




「ただいま、お姉ちゃん」

「おおー知佳帰ったか? あれ?そいつはお客さんか?」

「どうも、初めまして。フィル・グリードと言います」



私は、フィル君と知り合った経緯をお姉ちゃんに伝える。


「で、その時にフィル君に助けてもらって……」

「そっか……少年、ありがとな」

「いえ、仁村さんが無事で良かったです。本当に……」


フィル君が本当に一瞬だけど、ふと寂しい笑みをした。
フィル君は、自分の大切な人が傷つくのを本当に恐れている。

だから、自分の命を軽く見ちゃう所もある。

それは、本当に悲しいこと―――。



「で、少年、おまえ、知佳のことどう思ってるんだ?」

「えっ?」

「お姉ちゃん!! いきなり何を聞いてるの!! フィル君はそんなんじゃ!!」

「知佳は黙ってろ!!」



いつものお姉ちゃんと違う。
いつもならふざけたことを言ってるけど、今のお姉ちゃんの目は真剣そのもの。

フィル君を射貫くような視線で見ている。



「今あたしが聞いてるのは……。フィル、おめえだよ」




*    *    *



(どう思ってる……か……か)



真雪さんの目は真剣そのもの―――。


嘘の答えは許されない。


俺は、もう一度自分の心に問いただす。


仁村さんのことをどう思ってるのかを……。




「……最初に声をかけたときは……自分の大切な人によく似てるなと思って……声をかけたんです」



そう、仁村さんの姿は、俺の大切な人だった姉的存在だった女性……。


”セシリア・グリード”


彼女にそっくりだった。
かつて孤児だった俺に、たくさんの愛情を注いでくれた女性。



『フィル、君に、私の名字”グリード”をあげるね。だから、君は今日から私の可愛い弟だよ』



その言葉の通り、彼女は俺に、そして孤児院のみんなにたくさんの愛を教えてくれた。
彼女がいなかったら、俺は人を疑ってばかりの最低な奴だっただろうな。


―――でも。


そんなささやかな幸せは長く続かなかった。


犯罪者が孤児院に強盗に入り、そこで彼女は俺や他の子供達を守るために……。


自分の身体を犯罪者に差し出して、俺たちを逃がすために……。


彼女は……。


その短い生涯を閉じたんだ。



「……正直、驚きました。仁村さんには申し訳ないと思いましたが、俺は、その……声をかけてしまったんです」

「そうだったんだね……」

「……」


あの時は、仁村さんにごめんなさいをされて、そこでお終いになるはずだったのに。


「で、知佳を助けたときに、自分が頭を打ってしまって、逆に世話されてたって訳か」

「お恥ずかしい話ですが……。その時、仁村さんの温かさに触れ、そして……」

「仁村さん個人に、轢かれ始めてます。自分には釣り合わない素敵な女性だと分かってますが……」

「フィル君……」

「……なるほどな」


これが今の嘘偽りない気持ちだから……。



「んで、知佳、お前はどうなんだ? こいつを……フィルを、どう思ってるんだ。さっきみたいにはぐらかすなよ」



*    *    *



お姉ちゃんの問いに、私は固まってしまう。
私は……フィル君を。


私は、不意にフィル君の方を見てしまう。
彼の表情は、何かを懇願するようでもなく、不安に駆られてる物でもなかった。

彼の目は、どんな答えだろうと、ちゃんと受け止める。


そんな強い意志を感じる目だった。
……その瞳を見て、私は自然と言葉が浮かび、それを口にする。



「初めて逢って、私はフィル君の笑顔を何回か見せてもらった。最初に見せてもらったのは大人びた、優しい笑顔だった。でも、その笑顔はすごく寂しい笑顔だった……」


私の話を二人は黙って聞いていてくれる。


「それは決して、フィル君くらいの歳の男の子が見せる笑顔じゃなかったから。きっとフィル君はそんな笑顔にならなくちゃいけない、そんな人生を歩んできた。そんな気がしたの」

「でも、一度だけ、本当に一度だけだったけど、年相応の無邪気な笑顔を見せてくれた。その笑顔を見たときにね……」


あの時、私はきっと……。


「出来ることなら、フィル君のあの笑顔を少しでも多く見ていたい。誰よりもフィル君に近い場所で……ずっと」


これが、私のフィル君に対する答えだよ。


「……なるほど」

お姉ちゃんが、タバコに火をつけてくわえる。


「つまりだ。知佳からすれば、こいつは釣り合いがとれないどころかおつきあいしたい相手な訳だ」


そして、火をつけたばかりのタバコをいらついた仕草ですぐに灰皿に押しつけて消してしまう。


「知佳がOKを出しても、あたしが認めなきゃこいつとつき合うのは認めねぇ!!」

「庭に来な。フィル」



*    *    *




「お姉ちゃん!! まさかっ!?」

「あたしより弱いヤツに知佳はやれないね」



……やはり、そういうことか。
この話を始めたときから、真雪さんは攻撃的だった。

話の流れを考えれば当然か。
俺は、自分のデバイス『プリム』を起動させる。

もう、管理外世界とか関係ない。
この人の心にぶつかるためには、自分の全てを出す。

そうでなかったら、この人とぶつかり合う資格はない!!


「上等だ、庭に出ろ……」

「フィル君!?」


俺が動揺することもないのを見て、仁村さんが声を上げる。


「ま、まさか、お姉ちゃんと戦う気なの!? お姉ちゃんは、ああ見えても……」

「剣の達人……ですよね」

「っ!? 知ってたの?」

「何となくは分かってましたが、実際の立ち振る舞いを見て確信しました。強い……ってことも……」



はっきり言って、剣士としてだったら俺なんかより遙かに強い。
でも、それでもやるしかない!!


「……分かった。私もお姉ちゃんから逃げない。立会人は私がする」

「仁村さん……」

「だから、フィル君は思いっきりお姉ちゃんにぶつかって!!」

「はい」

「おい、いちゃつくのは、あたしに勝ってからにしろ」


臨戦態勢を整えたのだろう、真雪さんが庭に現れる。木刀を持って、俺の前に立つ。
空気を察してか、仁村さんが俺から離れる。


―――緊迫した、戦いの空気。



「ルールは簡単。攻撃はお姉ちゃんは木刀のみ。フィル君は、デバイスはその形態のみ。ただし補助魔法は使用可能。制限時間は5分。どちらかが参ったというか、戦闘不能になった時点で決着ということで」


仁村さんのルール説明に、俺は疑問に思ったことを口にする。


「なぜ、5分だけなんですか?」

「お姉ちゃんの全力が5分しか持たないのと、フィル君、ごまかしてるみたいだけど、本当は戦える身体じゃないんでしょう。だから制限時間をつけたの」


やっぱり仁村さんに見抜かれてた。
だから、立会人までしてくれて……。


俺と真雪さんは自然な動きで間合いを取り、対峙し……。


「いざ」

「尋常に」

「「勝負!!」」

「始めっ!!」


仁村さんの開始の声と同時に、真雪さんが踏み込んでくる。


(速い!!)


真雪さんの太刀を、何とか魔力刃で交わすが、しかし、すでに第二、第三の攻撃が襲いかかる。
真雪さんの畳みかけるかのような斬撃に俺は防戦一方になる。反撃の隙すらない。

真雪さんの剣は速い。そして圧倒的な手数でこちらに反撃を許さない。
剣筋も多彩で時折混ぜてくるフェイントも実にうまい。おかげでこっちはじり貧だ。


しかも、こっちの刀は両刃剣。
このままじゃこっちが持たない……。


「はぁぁぁっ!!」

真雪さんのスピードの乗った横薙の一撃。これを待っていた!!
俺は、ワープで姿を消し、真雪さんの攪乱をねらう。


ワープアウトと同時に、真雪さんの攻撃で出来た隙間をねらって一閃する。
この一撃で一気に勝負を決める。まだ見せていなかったワープに反応できるわけがない。

そんな油断があったのかもしれない……。


(決まっ……なにっ!?)


俺の魔力刃は真雪さんを捉えたかに見えたが……。
しかし、俺の一撃を真雪さんはかわした。


口元にはかすかな笑みすら浮かべて。


(誘われたっ!?)


自分からすれば完全な死角から、必殺の一撃が来る。


「はぁぁぁぁっ!!」

「ぐああっ!!」


俺は、とっさにフィールド系防御を張り、何とか防ぐがもう一度防ぐのは無理だ。


……この人の強さ。


戦いにおける駆け引きは予想以上だ。



「……まさか初見でかわされるとは思いませんでした」

「……相手がなんでもありの戦い方なんだ。アレくらいの技はあると踏んでたよ」


俺の言葉に真雪さんが笑う。
そして、いつの間にか俺も笑みを浮かべていた。


「ほら、もう時間がないぞ。引き分けは認めないからな」



俺は無言でうなずくと、最後の構えを取る。
上半身を思いっきり捻り、プリムに最後の力を込める。


今の俺ではこれが精一杯。
体中が悲鳴を上げて、立ってるのだって辛い。


だけど、俺の思いをこの一撃にぶつける。



「そっか……。お前の最後の一撃、真っ向から受けてやるよ!!」


真雪さんも同じ構えを取る。
真っ向から俺の一撃を受け止める気だ。


「いくぞっ!!」


俺はソニックムーヴで一気に間合いを詰め、着地し、左足に全体重を乗せ最後の一撃を放つ。


「うおおおおおおっ!!」

「はあああああっ!!」



互いの一撃が激突する。
魔力を維持できなくなり、次第にひびが入り始める。


(負けてたまるか……。この一撃は……)

「俺の心の全てなんだッッ!!」


最後の魔力を込めて、俺は魔力刃を展開し直し、そして……。


真雪さんの木刀を根本から叩き負った。



その瞬間、一体の時間が止まったかのような沈黙。


さざなみ寮の庭には……。



しりもちをつき、まさに眼前に俺の魔力刃が向けられた真雪さんと……。



プリムを構える俺の姿があった。



しかし俺は慢心しない。
これはあくまで真雪さんが「参った」をしなければ勝負は終わりにならない。


ならば、その声を聞くまで、気をゆるませるわけにはいかない。


だが……。


「くっ……」


真雪さんの顔が……。


「あははははっっっ!!」


すがすがしいまでの笑顔に変わり、そして……。


「参った」



―――この瞬間。


俺と真雪さんの仕合は終わった。



「負けた……。負けた!! 5分制限なら、負けたこと無かったのにな」



真雪さんは敗者にもかかわらず、嬉しそうに見えた。
いや、嬉しいのだろうな。

俺はいまだに尻餅を付いたままの真雪さんに歩み寄り、地面に座り込み……。



「真雪さん……。仁村さんとおつきあいさせてください」


同じ目線になった上で頭を下げる。



「あんたはあたしに勝った。それはあたしから見れば、お前と知佳は釣り合いがとれてる、ってことさ。いいさ。許可してやる。ただし……」


真雪さんの表情が再び、戦闘時の緊迫したものに変化する。


「こいつを幸せにすると約束しろ、そしてそれを死ぬ気で守れ。できるか?」



何よりも重い、そして大切な約束……。



「俺の全てを賭けて、彼女の幸せを守ります」


再び、真雪さんがにやりと笑い……。


「上等!!」


俺の頭をぽんと叩くと、真雪さんは立ち上がり、さざなみ寮の中へと戻っていった。

そして……。



「フィル君!!」


俺も全てを出し尽くし、その場に倒れ込んでしまった。


「フィル君、しっかりして!!」

「……大丈夫……ですよ。でも……」

「これで……全てにけじめ……つけましたから」



真雪さんにも、自分の思いを全てぶつけた。
そして、それは真雪さんにちゃんと伝わった。

それで充分だ。



「本当に……無茶ばかりして、いつでも……」

「かもしれません……」

「だから、私がずっと一緒にいるよ。初めてあったときも言ったけど、一人じゃないんだからね……」

「仁村さん……」

「うん……」


俺達がキスをしようとしたとき……。


「おい、そこのバカップル」

「「はっ!?」」


真雪さんの言葉に、俺たちが顔を真っ赤になってしまう。


「今日は、寮にはいることを禁止する。どこへなりと行ってガキでも仕込んでこい!!」


ただでさえ赤かった俺たちの顔から湯気が出る。
そんな俺たちを後目に、真雪さんはリビングに続くサッシを閉め、ご丁寧に鍵までかけた。

どうやら本気のようである。

その真雪の行動に呆然としてたが、本当に寮を閉め出された以上、ここにいてもしょうがない。


俺たちはさざなみ寮を後にした。


大切な人の手をとって……。



*    *    *



寮を追い出された私達は臨海公園へと足をのばしていた。
なにしろ、もう深夜と言ってもいい時間だから、お店なんかもほとんど閉まっていて、行くところもなかったから。

もちろん、公園も人はまったくいない。
寮からここまで、私たちは会話もなく、ただ手をつないできた。

でも、その沈黙は気まずいものでなく、むしろ心地よいものだった。



「紅茶で良かったですか?」


ベンチに座る私に、フィル君が缶紅茶を差し出す。
私はそれを微笑んで受け取って、そしてフィル君も私の横に座る。


そして、紅茶を一口飲んでから、私は話を切り出した。


「……一つだけ、教えて欲しいことがあるの」


なぜ、フィル君がHGSの事を知っていたのか?
この病気は、地球独自の物。

彼の世界じゃ知るすべはないのに……。


「なぜ、HGSのことを知っていたか……ですよね」

「うん……」

「……もう、隠していても仕方がないので、お話しします。俺は、この世界から、約3年後の世界から来た人間なんです……。その世界で俺は、様々なことを経験しました」


そう言ってフィル君は、私の手をとり、自分の方へ引き寄せる。


「話すより、見てもらった方が早いですね。俺の心の中……見てください」

「良いの……?」

「……前も言いましたけど、不器用な人間ですから」

「……ありがとう、フィル君」


私は、コントローラーを解放し、フィル君の心の中を見る。
フィル君の心の中から見えてきたのは……。



悲しみ……。


憎しみ……。


怒り……。


悔しさ……。


絶望。



こんなつらい世界で生きてきて、それでもフィル君は失った人たちの思いを背負って生きてるんだね。



「……そして、俺は女神のおかげで、過去に戻ってきて、その時にワープ能力と知識を教えてもらったんです。その知識の中に……」

「HGSのことがあったんだね……」

「はい、もっとも、ミッドでは色んな人たちが暮らしてますから……」



きっとそれは、フィル君の大切な仲間のこと。
彼女たちも、また同じ様な苦しみを抱えてたけど、それをフィル君と一緒にいたオレンジ色の髪の女の子に救われたんだよね。



「……怖くなかったの? 貴方が知ってるように、私はHGSよ。手を使わずに物を持ち上げることも出来るし、瞬時に離れた場所に移動できる。心だって読める。なのに……」

初対面の人間の大半はHGS患者を前にあまりいい感情は持たない。

―――当たり前だと思う。

私たちの力は、明らかに人間の範疇を越えているのだから。


「どうして、そんなに普通に接することが出来るの?」

「普通だから。そう答えるしかないです」



フィル君は私の問いに、これ以上ないくらいあっさりと答えた。



「確かに仁村さんにはそういった力があるかもしれない。でもそれは、人が持つ個性でしょう? 人が個性を持ってるのは当たり前だし、普通です。それに……」

「あなたはその力をむやみに悪用する人ではないことくらいは、普段まわりから鈍感と言われてる俺でも分かります」


この人は……。



「怖いのは力じゃない。その力を悪用する人の心です。力に正悪はないんですから。だからあなたを怖く思ったりしません」

「……ありがとう」



やっとわかった。
フィル君は、本当にその人のことを見てくれる。

だから、私のこともちゃんと『仁村知佳』という一人の女性としてみてくれたんだ。


気がついたら私は、一筋だけ、涙を流していた。
フィル君はポケットから取りだしたハンカチで、私の涙をしそっと拭ってくれた。



「ねぇ、お願いがあるんだけど……」

「何ですか? 仁村さん」

「むぅー。まずね、その仁村さんっての止めてね。お姉ちゃんのことを『真雪さん』って呼んでるのに、どうして私は名字なの!!」



お姉ちゃんのことを名前で呼べるのに、どうして私のことは知佳っていってくれないのかな。
それってすっごくさみしいんだからね……。



「そ、そう言う訳じゃないんですけど……」

「だったら、知佳って呼んでくれるよね。フィル君」

「わ、分かりました……。ち、知佳さん」

「うん♪」



本当はさんもいらないんだけど、それは徐々にしていけばいいかな。


「あ、あとね……。そのね……」


こんな事言うの、本当に恥ずかしいけど、フィル君とちゃんと恋人同士になりたいから……。
私はフィル君の耳元で、内緒話をするように言う。


「……ダメ……かな?」

「……そ、そんなことは……でも、良いんですか? その……」


フィル君の顔は真っ赤になっている。
きっと今の私も同じだと思う。


でもね……。


「……うん。私もね。フィル君のこと、もっと知りたいから……。出来るだけのことを。だから……」


これが私が出来る精一杯のアピール。
すると、フィル君が優しく抱きしめてくれて、私の顔を上に向かせ……。


「んっ……」


私達は初めてのキスを交わす。


それは、優しい気持ちになるキス。



*    *    *



翌朝


私とフィル君は、フィル君のワープでフィル君の職場に行くことになりました。
その理由は、それは少し前まで遡ります。





「……はぁ、フィル君って、本当に女の子ばっかりの職場にいるんだね」

「えっと……。まぁ、そうなります」



初めてを迎えた朝。

私とフィル君は、一糸まとわない姿でベッドで一緒にいた。
互いに結ばれた心と身体。


昨日は本当に嬉しかった。
フィル君の優しい気持ちが、私の中にいっぱい入ってくるのが分かったから。


でも、それと同時にフィル君と一緒にいる女の子達のことがすっごく気になっちゃったの。
フィル君はそんな子じゃないってのは分かってるんだけど、やっぱり好きな人が他の女の子と一緒にいるのは複雑なんです。


どんどん不安になっていく私は一つ、策を打つことにしました。


「フィル君」

「……はい?」

「これから、そっちの世界にいって挨拶しに行っても良いかな?」

「はい?」



フィル君は、きょとんとしてるがこれは大切なことだから、ちゃんと聞いてもらわなきゃならない。


「だから、これから、フィル君のお友達にご挨拶に行っても良いかなって」

「……ずいぶんいきなりですね」

「フィル君、ここに来たのってナンパをするって事が目的だったでしょう」

「……それ誰から聞きました。って……プリムしかないですね」


―――ゴメンね。
本当は、心を覗いちゃったときに全部分かってるんだ。


「向こうはフィル君が、ナンパなんて成功するわけ無いって思ってるでしょう」

「……まぁ、そうでしょうね。自分が一番思ってたんですから」

「だったら、みんなを脅かすのも兼ねて紹介して欲しいかなって思って……」

「ですけど……」


フィル君がまだ躊躇している。
異世界の人間を、連れて行こうとするんだから、その気持ちは分かるんだけど……。


「……それとも、私みたいな30近いおばさんじゃ……恋人として恥ずかしいかな」


この言葉はずるい……。
フィル君が、この言葉を肯定するはずがないと分かっていても……否定する言葉を聞きたいから。


「そんなこと……ありません!!」


真剣なまなざしで、私を見て強く言ってくれる。
その真剣な表情は、見とれるくらい素敵で、そして嬉しくて……。


「……嬉しいな」


私はフィル君に思いっきり甘えるように抱きついた。
自分の胸を思いっきり押しつけたから、フィル君は照れてしまい、そっぽ向いてしまった。


こういうところが可愛いんだよね♪


そんなことを考えながらにこにこしてると……。


「……んじゃ、行きましょうか」

「ん?」

「管理局、機動六課……。ミッドチルダに」

「……うん!!」



*    *    *



「それにしても、まさかホンマに連れてくるとは思わなんだわ」

「……正直、それは自分が誰よりも思ってましたから」

「あはは、確かに……」


正直、フィルがナンパを成功させるなんと思ってなかったわ。
しかも、年上のとびっきりの美女を。


「でも、みんなにどうやって紹介する気や。特にティアナ達に?」

「えっ、普通に紹介しますけど」

「「はぁ……」」


この鈍感朴念仁。
未来でティアナに告白されたのを忘れたんかい!!


「とりあえず、フィル。これから女の子の大事な話があるから、いったん外してもらってええかな」

「わ、分かりました」


私は、部隊長権限でフィルにいったん席を外してもらって、なのはちゃん達を部隊長室に呼び寄せる。

入ってくると、スバルが大声で驚き、他のみんなも驚きを隠せないでいた。
まぁ、フィルがナンパを成功させたなんて、驚き以外の何者でもないからな。



*    *    *



「すみませんが、フィルの……あのばかのどこが気に入ったんですか?」


それぞれの簡単な自己紹介と、フィル君と私の昨日の出会いを略化して話した後、一番最初に切り出したのはティアナ・ランスターちゃん。

フィル君のことを、『あのばか』なんて言ってるけど、それは決してバカにしてはいない。
たぶん、この中で誰よりもフィル君のことが大好きな女の子。


だから、私は真剣にティアナちゃんとお話をする。


「大きさ……かな」

「……大きさ?」


曖昧な答えに、他のみんなも首を傾げている。
まぁ、これだけじゃ分からないよね。


「心……とも違うし、器……って言うのも違う。表現難しいね、こういうの。あえて言うなら『人としての懐』かな? 私の、どんなことでも包み込めてしまいそうな……優しく、あたたかいフィル君の懐」

「そうですか……」


私の言葉足らずな説明だったけど、ティアナちゃんは何とか納得してくれた。
次に聞いてきたのは、金色の髪の女の子、フェイトちゃんだった。


「知佳さんは、お仕事が、私達と同じ様なことしてますよね……。まして、フィルとは世界が違う。それでも、良いんですか?」


フェイトちゃんの質問は、的確で一番厳しい質問。


「確かに好きな人と一緒にいられない時間は寂しいよ。一度心を通わせたのなら尚更……」


でもそれは……むしろ。


「フィル君にも……寂しい思いをさせるのはもっといやだけど……」

「フィルが……寂しい?」


私の言葉に、青いショートヘアの女の子スバルちゃんが反応する。


「フィル君は……強くありたい、強くなきゃいけないと、ずっと思い続けているんだと私は見てる」

「じゃ、フィルさんは……本当は弱いんですか?」


ピンクの髪の女の子、キャロちゃんが聞いてくる。
私はその問いに首を振る。


「それも……厳密には違うかな。みんなも知ってるようにフィル君は強い。そして……強すぎたんだと思う。物理的にも……心も。だから、つらかったんだね……」

「……辛い?」


キャロちゃんと同じ年の女の子、ルーテシアちゃんが聞いてくる。
その問いに頷いて言葉を続けた。


「強くあり続けることはすごく大変で、そして……すごく孤独なの。人間ってね、周囲に強く見せたい分、どこか無理をしちゃうんだよ。そしてその無理を解消するためには、どこかで弱くなれる場所を見つけなくちゃいけない」

「でも、あいつには……それがなかった。あたし達が……しっかりしてなかったから……」

「ティアナちゃん、それは違うよ。フィル君が無理してたのは、フィル君自身の責任。フィル君が一番強さを見せたいのは、フィル君が一番大切にしていた『機動六課』という仲間なんだよ。みんなの不安な顔が見たくない。みんなを守りたい。みんなの負担にだけはなりたくない。みんなの『弱さ』を支えてやりたい。でもそれは、本来フィル君がやることじゃない……」


では、本来なら誰がその役目を背負うのか。
それは、本来は上司であるはやてちゃん達やみんなでやっていくこと。

でも、一度全てを失ったフィル君は、全てを背負い込むことを選んでしまった。



「普通なら絶対に無理がくる。でも、フィル君はそれが出来ちゃった。だから……自分がどんなにボロボロになっても、してしまう。フィル君は、だれにも弱さを見せようとしない。だから、私はそんな彼の支えになりたいって思ったの……」


こんな事を考えちゃう自分がいやだけど……。


もし、フィル君が六課の誰かを守りきれず、もう一度失ったとしたら……。


きっと、それまで強くあろうと張りつめた彼の心は今度こそ壊れちゃう。


その壊れた反動がどこかに起きる。そんなことだけはさせたくない……。



「そこまで、フィルのこと理解してあげても……そばにいられるのは……難しいですよ」


サイドポニーの女の子、高町なのはちゃん。
以前よく行っていた喫茶店の末っ子。

長男の恭也君から少しだけお話を聞いてたけど、まさかこんなところで会うなんてね。


「……ちょっと、ごめんなさい」


私は立ち上がって、みんなと少し距離を取って……。


「「「「「「「えっ!?」」」」」」」


私は、静かにフィンを展開する。
この姿を見せるのは、初めてだから、みんな目を丸くしてる。


「私はこの力で、辛い目にあった。でも、この力があれば、災害で困ってる人を少しでも助けられる。そのために私は今、この仕事に就いている」


そして、再び羽をしまう。


「それは私の夢であり、目標であり……私が今、何よりもやりたいことだから」

「それは……フィルのことよりもですか?」


ティアナちゃんらしい質問だと思う。
こうして聞いてると、本当にフィル君のことが大切なんだなって感じる。

確かに、私も地球に戻ったら、そう簡単には会えなくなってしまう。
でも……。



「これは私の都合のいい妄想と思うかも知れないけど、もし私が自分のやりたいことを放棄して、フィル君のそばにいたら、きっとフィル君は反対する。そして、私にも『弱さ』を見せなくなる……そんな男の子だと思うんだ」

「っ!?」


ティアナちゃんも同じ事を思ったんだろう。


「だから私は自分のやりたいことを貫き通す。そして、時間が許す限りはフィル君のそばにもいる」


宣言するかのような私の言葉。
だけど……。


「私……欲張りだから、自分の好きなものは全てやらないと気がすまないの♪」


最後に舌をぺろっと出して笑った。


それでも続く沈黙の中……。


「こりゃ、フィルもとんでもない人を連れてきたもんだわ〜。知佳さん」


はやてちゃんは、私の前に来て……。


「フィルのこと……ほんまにお願いします。私らも二人が一緒にいられるように、精一杯力を貸します!!」

「あっ……」


私は、はやてちゃんと握手を交わす。だけど……。


「でも、知佳さん。うかうかしてると、フィルを奪われてしまうから、ちゃんとこまめに会いに来ないと、ティアナあたりに奪われてしまうで〜♪」

「あ、あたしは別に……あいつのことなんか……」


ティアナちゃんはああ言ってるけど、私が本当にフィル君のことを蔑ろにしたら、本気で怒りにくるだろうな。

そんなことは絶対にしない。
これ以上、フィル君の心を傷つけたりなんかしないから……。



*    *    *



ミッドチルダから帰ってきた私達は、今さざなみ寮前で二人で話をしていた。
フィル君は、またとんぼ返りで帰っちゃうけど、それは仕方がないよね。



「フィル君の周りには、素敵な女の子がいっぱいいるね」

「そうですね……。大切な仲間であり、親友ですから」


うん、それは分かってるよ。
今日、みんなに会ってきてそれは痛いほど分かってるから。


「……だから、私は心配なんだけどね」

「えっ? ど、どういう意味ですか?」


はぁ……。
フィル君に女性の心理を理解しろってのは無理な話だよね。

分かってたけど……。


「俺……変なこと言いました?」

「違うの。ただ、フィル君らしいってね」


純粋で不器用だけど、とっても優しいフィル君。


そんなフィル君だから、私は好きになったんだからね。


「これからも、よろしくね♪」


私の素敵な彼氏さん♪

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