〜 Remember my heart 〜
Memory;07 はじめまして
区民公園 AM6:08
わたしとノーヴェは、いつもの日課である朝練をしていた。
軽いウォーミングアップの後、公園の周りをジョキング。
これがいつもの日課になっていた。
「アインハルトのこと、ちゃんと説明していなくて悪かった」
「ううん」
「ノーヴェやフィルさんにも、何か考えがあったんでしょう」
ノーヴェとフィルさんはきっと何かあるからこそ、わたしにアインハルトさんを紹介したんだと思うから―――。
そしてわたし達は、ジョキングを止め、池の柵に寄りかかって、ノーヴェの話を聞くことになった。
「あいつさ、お前と同じなんだ。旧ベルカ王家の王族―――――。『覇王』イングヴァルトの純血統」
「――――そうなんだ」
そっか――――。
ノーヴェから旧ベルカの古流武術を使うとは聞いていたけど、わたしと同じ王家の血を引いていたんだ。
「あいつも色々迷っているんだ。自分の血統とか王としての記憶とか……。でもな、救ってやってくれとかそーゆーんでもねーんだよ。まして聖王や覇王がどうこうとかじゃなくて……」
「わかるよ。大丈夫」
わたしも自分の生まれとか、過去のこととか、いろんな事を思ってきたから――――。
「だけど、伝えあうのって難しいから、思い切りぶつかってみるだけ」
今のわたしに出来るのは、思いっきりぶつかって伝える。
それが一番わたしらしいから――――。
「それに、仲良くなれたら教会の庭にも案内したいし」
「ああ、あそこか……。いいかもな」
あの庭に咲く花とか、あの人と一緒にみられたらとっても嬉しい。
それにイクスのことも紹介したいしね。
「悪いな。お前には迷惑掛けてばっかりで。本当なら、フィルの方がこういったことはあっているんだけどな。だけど……」
「………うん」
ノーヴェから、フィルさんとアインハルトさんの警察署での会話のことは聞いている。
フィルさんはアインハルトさんのために、自分の過去を知られるのを覚悟で、彼女の力になろうとしていた。
そして、その一部始終を見ていたティアナさんも一緒に――――。
「これ以上あいつにばかり負担をかけさせたくないんだ。ヴィヴィオも知っていると思うが、あいつは本当に自分のことを顧みないでやりやがる」
「そうなんだよね――――」
フィルさんは、自分の大切な人達のためなら、自分のことを顧みない。
それは昔から変わらないから。
「だから、あたし達で出来ることは、自分たちでやりたいと思うんだ。その分今回、お前に負担をかけてしまうけど……」
「迷惑なんかじゃないよ!! 友達として信頼してくれるのも」
「指導者(コーチ)として教え子(わたし)に期待してくれるのも、どっちも嬉しいんだもん」
「だから頑張る!!」
フィルさんの負担を減らすこともだけど、何よりわたし自身、あの人に思いを伝えたいから――――。
* * *
アラル港湾埠頭 13:20
廃棄倉庫区画 試合時間開始 10分前
「お待たせしました」
「アインハルト・ストラトス参りました」
「来ていただいてありがとうございます。アインハルトさん」
彼女ヴィヴィオさんが、頭を下げて挨拶をしてくれた。
「本来ならフィルが立会人をする予定だったが、都合がどうしても付かず、あたしがすることになった。ふたりとも異存はないな?」
「はい!!」
「ありません」
「ここはな、救助隊の訓練でも使わせてもらってる場所なんだ。廃倉庫だし許可も取ってあるから、安心して全力出して良いぞ」
「うん、最初から全力で行きます」
彼女はデバイスを取り出して――――。
「セイクリッド・ハート セット・アップ!!」
魔法で変身し、戦う構えを取っていた。
この魔法は、私の使う変身魔法と殆ど一緒。身体強化系の魔法だ。
彼女は本気だ。
「――――武装形態」
本気の相手には、本気でぶつからなくては失礼以外の何者でもない。
私も身体強化の魔法で、肉体を大人の状態にし、戦闘態勢に入る。
「「アインハルトさんも大人モード!?」」
「今回も魔法はナシの、格闘オンリー5分間一本勝負」
そして――――。
「それじゃ試合――――」
ノーヴェさんの右腕が上げられ――――。
「開始!!」
開始の合図がされた。
私は構えを取り、戦闘態勢に入る。
彼女の構えをみて、私は以前と違うと言うことに気づく。
綺麗な構え――――。
油断も甘さもない。
良い師匠や仲間に囲まれて――――。
この子はきっと格闘技を楽しんでいる。
フィルさんはあの時、彼女なら受け止めてくれると言っていたけど――――。
でも、私とは何もかもが違うし、覇王(わたし)の拳を向けて良い相手じゃない。
* * *
すごい威圧感――――。
一体どれくらい、どんな風に鍛えてきたんだろう。
彼女の構えやプレッシャーで、それが嫌と言うほど伝わってくる。
勝てるなんて思わない。
だけど――――。
だからこそ、一撃ずつで伝えなきゃ……。
『このあいだはごめんなさい』と――――。
彼女の右ストレートが鋭い早さで、私の身体を捉えようとする。
何とか腕でガードするが、重い一撃のため腕がしびれてしまった。
さらに連撃はつづく。
強い――――。
今のわたしじゃ、相手にならないかもしれない。
だけど、それでも伝えなくちゃ行けないんだ。
わたしの全力――――。
「うわあぁぁぁあああ!!」
私の格闘戦技(ストライクアーツ)!!
わたしはありったけの力で、彼女のお腹に右ストレートを撃ちはなった。
思いを、ありったけ乗せて――――。
* * *
彼女の一撃を食らってしまった私は、後方へ飛ばされてしまう。
何とか足で踏ん張ったが、それでもかなりのダメージを負ってしまった。
さらに――――。
今度は彼女の速攻が、私を追い詰めていく。
連撃の僅かな隙を突いて、なんとか反撃するが、それでも彼女は自分の身を顧みないで、私の顔面にクリーンヒットをさせてきた。
「っ!!」
「やった!?」
「はぁぁぁあっ!!」
彼女にもダメージをかなり与えているのに、それでも何度も何度も向かってくる。
この子はどうして……?
こんなに一生懸命に……?
師匠や尊敬する人が組んだ試合だから?
友達が見ているから?
分からない……?
* * *
大好きで大切で――――。
守りたい人がいる――――。
小さなわたしに強さと勇気を教えてくれた――――。
なのはママは、世界中の誰より私のことを幸せにしてくれた。
フィルさんとフェイトママは、そんなわたしを陰から見守ってくれた。
だから――――。
そんな優しい人たちを守るために、強くなるって約束した――――。
あの時――――。
ゆりかごでわたしを命がけで助けてくれたときに――――。
「あああぁっ!!」
強くなるんだ!!
どこまでだって!!
渾身の力と思いを乗せて、わたしは一撃を放った。
だけど――――。
わたしの一撃は、彼女の左腕のプロテクターを破壊しただけで、ダメージにはなっていなかった。
そして――――。
「覇王」
彼女の渾身の一撃が――――。
「断空拳」
わたしの身体を捉え、瓦礫置き場まで吹っ飛ばされてしまった。
「――――1本!!」
「そこまで!!」
* * *
「ヴィヴィオ、大丈夫か?」
「怪我はないようです……。大丈夫」
試合が終わり、彼女は先ほどの一撃で意識を失って、変身が解けてしまい、付き添いの女性の膝元で眠ってしまっていた。
「アインハルトが気をつけてくれたんだよね。防護(フィールド)を抜かないように」
「ありがとっス、アインハルト」
「「ありがとうございます」」
「ああ、いえ……」
正直紙一重だったから、うまくいくかどうか分からなかったけど、怪我をさせなくて良かった。
と思っていたら……
「……!?」
「おっと……。大丈夫?」
先ほどまでいなかった、金色の長い髪の女性に支えられていた。
『フェイトさん!?』
「フェイトさん、どうしてここに!?」
「実はね……。心配になって出張から戻ってきて、すぐにこっちにやってきたんだ。フィルも来ているよ」
『ええっ!!』
そう言われ、女性の向いている方を見てみると――――。
「よっ、どうやら決着が着いたみたいだな」
『フィル (さん)!?』
そこには黒髪の男性、フィルさんの姿があった。
さっき、ノーヴェさんの話じゃ、ここには来られないと言ってたのに……?
「思ったより早く仕事が終わってな。ちょうどフェイトも帰ってきていたから、心配になって様子を見に来たんだ。ノーヴェに任せきりじゃ悪いからな」
「こんな事言ってるけど、フィルは朝からフル活動で働いていたんだよ。それで無理言って早退してきたんだから……」
「……そういうことは言わなくて良い」
「ふふっ♪」
この二人、本当に相手のことを信頼しあっているのがよく分かる。
ちょっとした言葉で、フィルさんの口調がいつもと違うのが感じられる。
どこか優しさを感じる口調――――。
そんな感じだ。
「すみません……。もう大丈夫です」
何とか立ち上がろうとしたが――――。
「おっと……。無理するな」
今度はフィルさんに抱きかかえられてしまった。
さっきの何倍も恥ずかしいです。
「ラストにカウンターが掠っていて、それが時間差で効いてるんだ。じっとしてろ」
「フィルの言うとおりだよ。今はじっとしていてね」
「……はい」
これ以上無理しても、二人に申し訳ない。
私はお二人の御厚意に甘えることにした。
* * *
「断空拳は、さっきのが本式なのか?」
「足先から練り上げた力を、拳足から打ち出す技法そのものが『断空』です」
私は、まだ極めていないため、拳での直打と打ち下ろしでしか撃てない。
「なるほどな……。で、ヴィヴィオはどうだった?」
フィルさんは、彼女のことを聞いてきた。
彼女と戦って、私が感じたこと――――。
それは……。
「彼女には謝らなくてはいけません。先週は失礼なことを言ってしまいました。―――――訂正しますと」
「そっか……」
その答えにフィルさんの表情も綻んでいる感じがする。
この人は、こんな感じで笑うこともあるんだ。
「そうしてやってくれ。きっと喜ぶ」
ノーヴェさんも同様に笑顔で答えてくれた。
確かに彼女は覇王(わたし)が会いたかった聖王女じゃない。
だけど、わたしは、この子とまた戦えたらと思っている―――――。
だから―――――。
「はじめまして……。ヴィヴィオさん。アインハルト・ストラトスです」
私は彼女の手を取って、自分の名前を伝えた。
「アインハルト、それ起きているときに言ってやれ」
「……恥ずかしいので、嫌です」
フィルさんは、ああ言っているけど、まだ私には面と向かって言うのは恥ずかしいんです。
今はこれで許してください。
「さてと、ヴィヴィオもアインハルトも、どこかゆっくりと休めるところへ連れて行こう」
「そうだね。ヴィヴィオは私が運ぶから、フィルはアインハルトをお願い」
「了解。ヴィヴィオのことはそっちに任せるよ、フェイト」
そう言って金髪の女性、フェイトさんはヴィヴィオさんをそっと抱き上げ、自分の乗ってきた車の方へ運んでいった。
そして―――――。
「ほら、アインハルト」
「えっ? わわっ!?」
フィルさんは、私にメットを放って、それを何とか受け取る。
「乗りごごち悪いバイクで悪いが、家まで送ってくよ」
「すみません……」
「気にするなって、可愛い女の子を放っておくわけにはいかないだろう」
フィルさんはウインクをして、おどけた口調で言ってきた。
言った後、顔を真っ赤にしているのがちょっとびっくりです。
「か、可愛いって……。わ、私が……ですか?」
「充分可愛いと思うよ。まぁ、こんなふざけた言い方をしたら、信じられないと思うけどな。でも、ヴィヴィオもアインハルトも女の子なんだから、無理しないこと!!」
今度はさっきと違って、真剣な表情と口調で言ってきた。
この人は、やっぱりこっちの性格が本来の性格なんだ。
真面目で、人のために自分のことを顧みない。
でも、ちょっと悪戯好きなところもある。
さっき私に言ってきた言葉が、それを感じさせる。
「ふふっ、はい。それじゃ、あんまり無理はしないようにします」
「そっか……」
きっと、この人は私なんかより、いろんな経験もしてきたんだ。
こないだは感情的になっていて、考えもしなかったけど、ちょっと考えれば分かることだ。
いつか、この人と戦ってみたい。
覇王とか関係無しに、私自身―――――。
アインハルト・ストラトスとして―――――。
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