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蝉殻
『蝉殻』



青々と葉を伸ばす木の陰に、無数に落ちる蝉の殻。
それは明日か、明後日か。
もう少し先の俺達に変わりない。

暑く熱狂する世界で、心はやけに冷え切って、霜焼けの様に痛痒い。
中と外の温度差がジクジクと体を蝕んで、息をするのも億劫だ。

皮膚を焼く熱光を、遮る為に上げた腕も、意味をなさない。
涼を求めて歩いた足も、履き慣れたサンダルだというのに、親指の付け根の皮がズルリと剥けた。

何もかもが腹の底を逆撫でる。

一人になりたくて
でも、誰かに触れたくて
気ままに歩いたつもりが、見慣れたマンションの影に顔をしかめた。

会いたい
会いたくない
でも、一人が嫌で
この荒れた感情を見られるのが格好悪くて
でも、たぶん
鎮めてくれるのはあいつしかいなくて…



「気に入らない事があるならハッキリ言いなよ」
不愉快だと、怒るのも無理は無い。
突然押し掛けられ、一言も話さず、適当に手にした雑誌を見ているのだから。
自分だってそんな事をされたら怒る。
そう、考えられるくらいに頭の中は冷静で。
だけど、ささくれ立った心は不愉快だと歪められた顔を笑う。
「何をしに来たんだ君は」
「…別に」
構うなと言うのも億劫で、視線を雑誌に戻すと、膝の上からそれを取られてしまった。
「何すんだよ」
視界に入ってきた、夏に不似合いな白い顔。
男にしては繊細な作りで、切れ長の澄んだ目が印象に残る。
そして、そこには理性的で怜悧な内面が浮き見えた。
「気に入らないなら帰れ、黒崎」

悪く言えば、小賢しくて、利口的。

その目に、お前は自分が何をすべきか、何者なのか、そんな些細な事さえ解らない、何も知らない蒙昧な子供だと、言われた様で腹の底がギチギチと締まる。
「うっせぇな」
睨みつけた顔は、汗も滲ませず涼しげで、気が狂いそうな世界の中、太陽の表面に浮かぶ黒点の様だ。
それを真っ赤に埋もれさせたくて、腹に巣くった衝動のまま、細い肩を床に引き倒し、血色の悪い唇を奪った。
「っ……まてっ!」
そう言って、振る頭を両の手で抑えつけ、火照った体を押し付ける。


夏が終わる
今日が終わる
午後4時が終わる
今が終わる


唇を合わせるこの瞬間にも、身体の中の細胞は死んでいく。
触れた肌の細胞も死んでいく。
「待てるかよ」
望んでもいない死は、いつも、どの瞬間にも、起こっている。
「君っ…おかしぃっ…」
訝しみ、諫める声が逆に心地良い。
「いつもだろ」
「自己満足で欲を満たしたいだけなら一人でやれっ」
「バカ言うな、お前だってキモチイイだろ」
命を産むこの行為だって、俺とお前の細胞を殺すだけだ。
ただ、虚しく欲にまみれ、快楽だけが体に残る。
それでも、活動を望む細胞の為に水を飲み、物を食べる。




夏が終わる。

16回目の夏が終わる。

夏に死ねない俺達は、生きる行為をし続ける。





※※※※※※※※※※※※※
高校男子の思春期ってこんなもん…なのかな?
苛々した一護が書きたくて、書いてみたら、痛い子になったような気も…。でも、この年頃特有のナイフの様な研ぎ澄まされた感覚が好きだったりします。

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あきゅろす。
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