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君と僕が居る場所



会話が無くなって数十分。隣で黒崎がニヤニヤと口元を緩めているのが、気持ち悪い。
白い布に桜色の刺繍糸で小花を咲かせていく、集中力と根気のいる作業だから話掛けるなと言ってから、膝の上に置いた雑誌を捲りながらずっと口元を緩めている。引き締めようと努力もしているみたいだが、それも無駄らしく横一文字になったかと思えばすぐ、弧を描いた。
「さっきからにやにやして気持ち悪いんだけど」
「ん?あぁ…好きって良いなって思ってさ」
「はぁ?」
『好き』が良いとはこうやって趣味の刺繍をしている事だろうか。
黒崎は雑誌を閉じると体を少しこちらへ向け嬉しそうに笑ったが、その笑顔の意味がわからず、騙し事に付き合わされている気がして眉間に皺を寄せた。
「こうやって、横顔が好きだなって思ったら、ここにお前がいんの」
そう言って、黒崎は自分の胸を触る。
「一人の時でも、放っとかれてても寂しいとか思うけど、お前が好きだなって思ったらさ、この辺りにお前がいる気がして寂しくねぇなって思ってたわけ」
「馬鹿か君は」
胸元に手を当てながら覗き込むブラウンの目は、笑いながら真っ直ぐにこっちを見ている。からかう為の冗談ではなく、本気なのか。真摯に向けられるその視線に、顔がどんどん熱を持ち、視線を逸らせたいのに奪われる。
「馬鹿だろうな、こんなちょっとした事で嬉しいとか幸せだとか思ってんだし」
胸にじんわりと湧く熱い塊。多分、これが黒崎の言う、『僕が居る』と言う事なのだろうか。
胸の丁度真ん中あたり、圧迫感が狂おしく、そして、じんわりと痺れに似た痛みが愛しい。
「でも、お前の事が好きなんだなぁって、リアルに実感できる」
好きだと頭が単語を浮かべた瞬間、両の二の腕を鳥肌が襲った。
「お前の中にも俺はいるはずだろうし、それを考えたらここと、ここが繋がっている気がしてさ、なんか凄ぇ落ち着くんだ」
胸に当てていた手を、僕の胸に当てる。
「お前、今どんな感じ?」
暖かい手に包まれる、僕の中の君。それは相乗効果となって胸を波立たせる。
「なにも、変わらないよ」
「やけに心臓が早く動いてねぇか?」
耳の奥で秒針より早く打つ鼓動の音が聞こえた気がした。
「気のせいだ」
「嘘つき」
「どうして…」
ここに君が居たとして、でもその内は君には見えないはずだ。
「お前のここに俺は居ないの?」
ここに、居なくちゃいけない君の存在。「……居るよ」
やっぱりと嘘を確信してたかの様に笑う。
「で、どんな感じ?」
こういう時の黒崎には、何故か口では勝てない。上手く逃げる事ができない。
「ドキドキしてる」
「それで?」
内側の君が溢れそうになっている。この感覚はあの時に近い。
「君に…抱かれてるみたい」
「本当に?」
少し驚いた様で聞き直す。この感覚は僕だけなのだろうか。なら、ここに僕が居ると言った君はどうなのだろうか。
「そう言う君はどうなんだ?」
黒崎は少し頭を傾げ考える。人にどうこう聞いたくせに自分は何も考えてなかったのか。
「抱かれてるとはまた違うんだけど、お前を抱いて寝てるみたいだ」
「似ている様で似てないね」
「たぶん、愛され方の違いってやつじゃねぇか?お前は俺を落ち着かせる存在で、俺はお前を煽る存在…とか」
黒崎の言葉に納得のいかない所もあるが一理ある。僕の横に居る君はとても穏やかな顔をするし、僕はこうして鼓動を早める。
「居てる場所は同じなのにね」
胸に当てられたままの掌に手を重ねる。

ここが『君と僕が居る場所』




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