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SMILE(コンウリ)

雨竜はふと、全ての感情を停止させる事がある。
それは決まって月の第一月曜日で、父親に会いに行った日の後だった。いつもなら学校や街での事を話したり聞いたりしてくれるのに、荷物を置くと無表情に無気力にただじっとベットに横たわる。
何があったのかわからない、だが、何かあった事は確かで、一度どうかしたのか聞いてみたが『君に関係ない』と硬く口を閉ざされた。そこでもっと食い下がれば良かったのだろうが、拒絶を露にされて食い下がる気にもなれなかった。
話ができる空気でもなく雨竜につられて口を閉ざせば、外見は派手でも只のぬいぐるみで、今の雨竜にはもしかしたらテーブルの上に置かれた鉛筆立てと変わらない存在なのかもしれない。
こういう時って、抱きしめてやれれば良いのだろうけど、この30センチに満たない腕じゃそんな事もしてやれない。
こんな、平たい手で頭を撫でてやっても包む優しさなんて無いだろう。
こうなると、本当に鉛筆立てと変わらない。
話す事も封じられ、抱きしめ宥める事もできないぬいぐるみは、雨竜に何をしてやれるのだろう?
自分が、雨竜にとって特別な存在なのだと言う事が誇りでもあった。
人として作られたのに、人として認められず、あまつさえ身体はぬいぐるみ。
そんな自分が『個』として認められた喜びが、大切な物を一杯くれた雨竜に何もしてやれない無力感で塗り替えられて行く。
土埃の匂いのする、小さい身体。
この身体でしてやれる事は本当に無いのだろうか。

どこに焦点を当てているのかわからない雨竜の視界に、刺激を与えないようにゆっくりと入り込む。
横たわる雨竜に、ここにいるから、大丈夫、安心してと精一杯の気持を伝えたい。
雨竜の顔の前に座る、腕を振るとやっと、視線が自分に向けられた。
笑えないならオレの分をあげるから。
そんな、無関心で寂しそうな顔をしないで。
君がくれたオレの笑顔をあげるから。

笑えないなら。

笑わせるから。


両頬を両手でぐっと押さえると、押された綿がいき場所を探して縦にのびる。そこから一気に横へ思いっきりひっぱる。
鏡は見れないけれど、今、自分の顔はおかしな事になっているだろう。それを斜にしたりまた潰したり、糸の切れる音もした。
ふと、雨竜の顔が歪む。
「・・・・何?その変な顔」
拗ねた様な、呆た顔。それでも、さっきに比べたら随分と違う。
「変って、失礼な奴だな。ほら、こっち見ろよ。この腹の中には何も入って無いよな」
「何がしたいんだ」
「何がって、今聞かれたらすげえ寒いんだけど・・・」
「どうせ、その腹から何か出すんだろ?」
「いや、その通りなんですが・・・って、黙って見てられねぇのかてめえはよ!」
「手品って、騙された感じが凄く嫌いなんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんか、前にそんな事を言っていた気がする。笑わせるどころか、不機嫌にさせかねない選択をした1分前の自分を悔やむ。
「何を出すつもりだったんだい?」
「嫌いなんだろ?」
「僕の為に何を出そうとしてくれていたの?」
頭の良い雨竜には自分の行動はお見通しだった訳で、お腹のチャックを開けて綿をかき分け、キャラメルを取り出した。
「そんな所に何を入れてるんだ」
「良いだろ、好きなんだから」
「まだ入ってそうだね」
そう言うと、雨竜は腹の中に手を入れると隠していたキャラメルを次々と取り出して行く。
「うわっ、ちょっ、何か気持悪いから!!お腹の中抉られた感じが気持悪いって!!」
「君、どれだけ食べる気なんだ?」
ベッドの上に散らばるキャラメルの数に雨竜が呆れる。
「いいだろ、たまにしか食べられないんだし」
一護が死神化した時に身体を預かるのだが、その時に大好きなキャラメルを頬張るのが楽しみだったりする。
ベッドの上に散らばったキャラメルを両手で掻き集めて、雨竜の目の前に積んで行く。
「やる」
「どうして?」
「幸せのお裾分け。これ、お前が買って来てくれたキャラメル。このアーモンドが美味しかった」
四角形の、濃度の濃い甘さが大好きで、欲しいけれど買いにいけない自分に変わって雨竜が時々買って来てくれる、それをお腹に入れて一護の身体の中に入った時に食べる。その瞬間がもの凄く幸せだったりする。
茶色いそれを包む白いセロハンを捲って雨竜の口元に差し出せば、小さな口にキャラメルは吸い込まれて行った。
硬いキャラメルと歯が当る音がする。
「旨いだろ?」
「久しぶりに食べたけど、美味しいね」
カラリ、コロリと口の中で転がるキャラメルの音が、止まっていた空気に軽やかな音を与え、甘い匂いと共に時が動き始める。
「僕は今、そんなに落ち込んでた?」
「このキャラメル食べたから大丈夫だ」
「そう」
ほっとした様に、口元を緩めて雨竜が笑った。


笑ってくれた。

それにつられてオレも笑う。
腹の中に溢れる甘い欠片の一つ一つ。
お前がくれた大切な物。それを少しお前にあげるから。

笑ってくれてありがとう。
こんな素敵な物をくれたお前には、やっぱり笑顔が似合うと思う。

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