hide ダス雷





 探しているけど、見つからない。



 隠れる、という行為は意思表示だ。
 『見つかりたくない』という。
 そして『探してほしい』という。


 私はソファに腰掛けて、机上の煙草を手に取った。
 最近、吸う本数が減った。
 健康に気を遣って、なんて理由では無い。
 禁煙中の彼が、あまりいい顔をしないからだ。

 しかし、その彼は今居ない。

 一本抜き出してくわえ、火を着け様として止めた。
 外は雨で、窓が開けられない。
 吸えば匂いでばれてしまう。
 顔をしかめた彼を想像するのは簡単だ。
 何故なら、私はそれをつい最近間近で見たのだから。



『俺の事を考えてるフリをしてるだけか?』


 涙で潤んだ瞳に、釣り上がった眉。
 くしゃくしゃの頭を直す素振りもなく、
 声を荒げず、静かにそう言った。

 間もなく駆け出した彼に、私の答えは届いただろうか。


「『考えすぎて、これ以上どう考えていいか解らない』」




 私は吸ってもいない煙草を灰皿に押しつけ、立ち上がる。
 電話の前に立ち、意識してゆっくりと受話器を上げた。
 余り気は進まないが、好き嫌いを言っている場合ではない。
 数回のコールの後、馴染み深い声が響いた。


『もしもし』
「私だ」
『なんだ、珍しいな』


 耳を澄ませる。
 相手の声を聞くためでは無く、その周囲の音を聞くために。


「ジャックがそっちに行っていないか?」
『雷電がどうかしたのか』
「つまらん喧嘩で飛び出していった」
『……ま、喧嘩は大体つまらんもんだがな』


 呆れた様な笑い声の向こうには、誰も居ない様だ。
 安堵と不安が交ざったため息を吐く。


「……いきなり電話して悪かった。もし連絡があったら」
『雷電なら少し前に来たぞ』



 きっとその時私に芽生えた感情は、あまりにも純粋すぎる殺意だったのだと思う。
 残念ながら、電話にはそれを伝える機能が無い。
 そういう機能があれば、きっと二人分くらいは簡単に殺せた筈だ。


「……まだ、居るのか?」
『いや、もう居ない。……そんなに怒るな、知らないとは言わなかっただろう』


 取り繕う様に言って、相手は咳き込んだ。
 もしかしたら電話越しでも殺意は届くのかもしれない。


『雷電はある物を借りにきた』
「ある物とは?」
『俺は大きめのやつを貸した。彼はそれを持って出ていった。どこに行ったかは知らない』




 彼が持っていない物。
 奴が持っている物。
 サイズ。
 隠れるという意思表示。
 見つけて欲しいというパラドクス。




「解った。ありがとう」
『出来れば無傷で返してくれ。あれは気に入ってるんだ』
「善処する」



 受話器を置くと、私は隣の部屋へと足を運んだ。
 途中までは足音を殺していたが、馬鹿馬鹿しくなって止める。
 私には潜入任務は向かない様だ。


 暗い部屋の中に見慣れない物体。
 人一人入れるサイズの紙製の箱だ。
 近づくと、びくりと震えた気がした。



「奴に言わせれば『無駄』なんだそうだ」



 軽いそれを持ち上げると、真っすぐにこちらを見つめる瞳が現れた。


「考えない事なんて出来る筈が無い。それを疑うのは無駄だ、と」
「ソリダスはいつでも俺の事を一番に考えてくれるって、解ってたのにな」


 彼はまるでバネ仕掛けのおもちゃの様に、私の腕の中へ飛び込んできた。





「ごめんなさい」






――――

人名じゃない。
つづりも違う。

箱の中からひょっこり出てくる雷電が書きたかった。
そんだけ。

080621


あきゅろす。
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