father ネイソリ




「何かしてくれないのか?」


 へらへらと笑いながらの彼の言葉の意味を掴むのに、二秒。
 その図々しさに呆れるのには一秒。
 ポケットの中にある小箱を意識しない様にするのは、そのずっと前から実行している。

 素直に出すのは癪なので、知らないふりをする事にした。


「何の話だ?」
「『父の日』だろう」
「親父だという自覚はあったのか……」


 俺が育てた訳じゃないけどなと彼は笑う。
 笑い事では無い気がするが、深くは追求しない。

 俺は『この人』から生まれた。

 親子の情なんてものは、少しもない。
 正確に言えば親子ですらない。
 俺達の間に親子らしい関係は存在しない。



 だからこそ、思うのだ。



「……お前に育てられてたら、俺はどんな奴になってたんだろうな」



 彼と、見知らぬ母との間に『普通』に生まれていたならば。
 親子らしい関係を築けていただろうか。
 温かな家庭を体験出来ただろうか。
 長い時間を共に生きていけただろうか。



「それは多分、お前じゃない」



 彼は笑って俺の頭を撫でた。
 まるで本当の父親の様に。


 俺は息を吐きポケットの小箱を取り出す。
 片手にすっぽと納まってしまうサイズの、赤い箱。


「俺には、お前を親父だと思う事は出来ない」


 喋りながら、箱を彼に投げる。
 受け取る瞬間を見る前に、俺は彼に背を向けた。
 取れない程鈍くは無いだろう。





「だからそれは『恋人』へのプレゼントだ」



 もしも本当に親子だったら、
 この関係は成り立たない。


 本当に親子でありたかった理由は沢山あるけれど。
 それは『親子で無くて良かった』と思える、たった一つの理由。





「一応サイズは俺に合わせたが、合わなくても文句は言うなよ。それだけでかい指輪を、二つ見付けるのは大変だったんだからな」





――――

父の日に乗り遅れた。
親子っぽいけど結局ネイソリ!

080617


あきゅろす。
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