eat ネイソリ



 それは重力に逆らい空を飛び、白を撒き散らしながら俺の頭に華麗に着地した。



 その場を支配していたのは、どうしようもなく重い沈黙。
 悲しいとか寂しいとかそんな無言ではなく、どうしたらいいのか解らないという『困惑』の無音。


「……あぁ」


 それを打ち破ったのは彼のため息だった。
 がくりと膝を床につき、前に倒れそうになる体を腕で支える。
 近くには何かにぶつかった様に角が凹み、折り目がついた小さな段ボール箱が転がってた。


「俺のケーキが……」
「せめてごめんの一言くらいは言えよ」




 俺が買ってきたささやかな贅沢品を、彼はとても喜んだ。
 まぁこいつの場合食物なら大概は喜ぶが、特に嬉しかったらしい。
 喜びすぎて、文字通り足元がお留守になった。
 お留守になった足元にあったのが、俺のコレクションの中でも特に小柄な段ボールだというのも最悪だった。



 そんな訳で彼のケーキは俺の頭上にある。

 呆れはするが、怒る気にはならない。
 段ボールを置いておかなければ……という罪悪感があるし、彼の異常ながっかり具合を見せられると怒りがしぼむ。
 あと、惚れた弱みも少し。



「……楽しみにしてたのに」
「言っておくが喰うなよ」


 彼の呟きを聞きながら、残骸を降ろす。
 『ケーキ』とは呼べない無残な生ゴミを、彼は悲しそうな目で見つめていた。
 残念ながら買ってきたケーキは一つだけで、代わりはない。


「また買ってきてやるって」
「あれが良かったんだ」
「……。とりあえず風呂だな。あちこちベタベタだ」


 指についたクリームを舐めると、それは意外にさっぱりとした味だった。
 これ位の甘さなら、今度は二つ買ってきても良いかもしれない。
 そんな事を考えながら顔を上げると、彼がじっとこちらを見つめていた。


「……何だ?」
「俺はケーキを喰い損ねた」
「まぁ、そうだな」
「だから別の物を喰う」
「何か喰えるもの残ってたか?」
「あるさ」


 嫌な予感というものは、実際あまり役に立たない。
 それを感じている間に、それは始まってしまうのだから。


 彼は珍しくにっこりと笑いながら、俺の手首を捕まえた。



「デコレーションまでしてある、ケーキ以上のごちそうだ」



 そんな馬鹿みたいな台詞に、気を取られた訳ではないが。

 軽くかけられた足払いに見事にバランスを崩され、視界が激変する。
 背中に回された腕のお陰で叩きつけられる事は無いものの、フローリングの床は硬い。
 文句を紡ぐ筈の唇はとっくに塞がれ、中では舌が蠢いていた。


 舐めたクリームの甘さを、奪う様に。


「っ……!」
「……やっぱり、お前の方が美味いな」
「馬鹿な事……言うなっ……」


 彼の右手は俺の両手を拘束し、彼の左手はシャツの中に伸びる。
 器用に俺のこめかみに顔を近付け、垂れてきたクリームを舐め取った。
 その舌の感覚に背筋を凍らせながら、俺は平和的な最後の抵抗を試みる。
 理性が無くなり、口がきけなくなる前に。


「……床が汚れるから、やめろ」
「それは、クリームでか? それとも違う白い物でか?」
「……最低……」


 交渉は最低の下ネタで決裂した。
 ならば、これが本当の最後の抵抗。
 口を使わない、あまり平和的ではない方法の。


 狙うは一点。
 迅速に、正確に。


「……っが!?」


 俺の『足』は、彼の顎を捕らえていた。




 脱力した彼の体の下から這い出し、ため息を吐く。
 床は馬鹿に掃除させるとして、まずはシャワーを浴びなくては。


 二度もごちそうを食べ損ねた彼は、少しだけ気の毒だが……。



「また後でな」




 ごちそうというものは、最後の楽しみに取っておく物。
 そう、相場が決まっているものだ。





――――

Q,どのへんがえっちなんですか?

A,たぶん改行のあたり


080614


あきゅろす。
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