treat ダス雷



 遠い泣き声が聞こえた。
 本から顔を上げたのは、そんな理由だ。


 窓から外を見れば、白い雲が水色をゆったりとした動きで横切る。
 首を巡らせ部屋の中を見渡せば、有るのは沈黙と気怠さだけ。
 何処かへ出かけたのか、愛しい息子は目覚めたら居なかった。
 仕方が無いので本でも読むかと、文字に目を落として数十分。
 漸く没頭し始めた矢先の出来事だった。


 まるで過去から響いてくるような。


 何処の誰とも解らない泣き声など、無視する事は容易い。
 読書を続ける事は出来た筈だ。
 それでも惹かれる様に外に出たのは、
 その声が幼かった所為ではない。

 誰かを呼ぶために泣いている。
 その誰かは、自分ではない。


 そう、感じたからだ。





「どうして泣いてる」


 近くにある、小さな公園。
 そこに申し訳程度に置かれている簡素なベンチに、赤い目をした子供が座っていた。
 歳は十を数えない位だろうか。
 泣き疲れた目と同じ位頬を赤く染め、くすんと鼻を啜る。
 クセのある柔らかそうな髪がふわりと揺れた。
 膝を折り視線を合わせると、子供は湿った声で呟いた。


「……おとうさんに叱られたから」


 その情景を思い出したのか、大きな瞳が再び潤む。
 今にも零れ落ちそうな涙を眺めながら、ふと思った。
 『叱られる』とはどんな物なのだろうと。


「叱られたから、悲しいのか?」


 子供は涙を溜めたまま、首を横に降る。


「叱られたのが、怖いのか?」


 もう一度、横に。


「じゃあ、何故泣く?」


 子供は動きを止める。
 アーモンド型の目を一杯に開き、じっとこちらを見つめ。
 言葉を忘れた様に、ぽかんと口を開き。

 目の端から流れた雫にも、気付かない。






 ぽんと頭に置いた手に、驚いた様な振動が伝わる。
 くしゃりとかき混ぜると、子供はくすぐったそうに身を捩った。
 私は漸く気が付いた。
 何故泣き声に惹かれたのか。

 驚いて、苦笑して、それから笑う。



「もう泣くなよ、ジャック」



 子供は笑う。
 それは見覚えのある笑顔。




「ありがとう、ソリダス」






――――

ダス「という夢を見たんだ」

テーマはダスパパ(大人)とジャック(蛇家族)というタイムパラドックスってレベルじゃない次元の歪み方をしている事を深くお詫び致します。


090212


あきゅろす。
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