cinema ヴァン雷



『デートに行かないか?』

 そう言われて、断ろうと口を開いた瞬間気を失った。



「……う」


 浮遊感。少し不安定に揺れる身体。
 地に足が付いていないのに移動する。
 俺を持ち上げ支える二本の腕の感触。

 目を開くとヴァンプのにやけた髭面が間近にあった。


「とりあえず死ね」
「……目覚めての一言がそれか」
「じゃあ降ろせ」
「お姫様抱っこは気にいらないか?」
「俵担ぎの方がまだマシだ! 降ろせ!」


 よくよく辺りを見回すと、そこは街のど真ん中。
 周囲の可哀相な人を見るような視線が痛い。
 だが奴はそれを気にする様子も無く。
 ばたばたと暴れる俺を軽々と押さえたまま、ふんと笑ってみせた。


「降ろしたら逃げるだろう。逃がす気は無いが」
「その前に殴る。で逃げる」
「気の強い所も好きだ。逃がす気は無いが」


 この変態吸血鬼に『逃がさない』と言われると、本当に逃げられない様な気がしてくるのは何故だろう。


「……大体、何が目的なんだよ」
「最初に言っただろう? デートだと」
「人を気絶させて拉致するのをデートとは呼ばない」
「それは初耳だ。覚えておこう」



 文句を言おうとして口を開いた瞬間、がくんと身体が激しく揺れた。
 危うく舌を噛みかけ、慌てて口を押さえる。
 疑問を持つより早く、俺の足は地に着いていた。


「……お?」
「着いたぞ」


 奴に支えられ(逃げない様に腕を捕まれたまま)、立つ。
 そこはある建物の前。
 家族連れやカップルの目立つ、娯楽施設。


「映画館……か?」


 ヴァンプは頷いて、懐から二枚の紙切れを取り出す。


「姉御からの貰い物だが」
「フォーチュンからの?」
「『たまには普通のデートでも』と」
「普通の、デート……」


 意外な人物の登場に、腕を振り払うのも忘れて唖然とする。
 奴は機嫌を伺うようにこちらを覗き込んできた。


「嫌か?」
「……嫌って言ったら?」
「俵担ぎで連れていく」
「止めろ」


 今にも掴み掛かってきそうな奴を押しとどめ、俺はため息を吐いた。
 これ以上奇異の視線に晒されるのは耐えられない。
 仕方が無い。



「『普通のデート』なら、断る理由は無い」



 ……奴の一瞬だけ見せた間抜けな表情に免じて、今日だけは付き合ってやる事にする。




「で、どんな映画なんだ?」
「吸血鬼と人間のラブロマンス、だそうだ」




――――

『デートで映画館、ただし移動は俵担ぎ』みたいなっ!

080420


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!