irrational ソリリキ



 時間を見つけて本を読むようになった。
 他人の妄想に興味はない。
 読むのは専ら実用書ばかりだ。
 堅苦しい文字列をなぞりながらも、頭の隅で違う事を考える。
 一冊の本に書かれている事には限りがあるが、自分の頭の中で考える事には限りなどありえない。
 その時その時に考える事は様々で、世間を賑わせている事だったり今日の夕飯の献立だったりする。

 一番考える頻度が高い事は、同じ顔をしたあの男の事だろう。


 不愉快な男だと思う。


 無駄に自信に溢れる態度も、人を喰ったような笑みも気に食わない。
 心の内迄見透かす碧い瞳も、気軽に触れてくる手も嫌いだ。
 自分と判を押したように同じ顔も、あいつだと思うだけで厭になる。
 殺したい位……否、殺すのも嫌な位だ。


 だが、一緒に居るのは不快じゃ無い。


 不思議と言うより、理不尽な気がする。
 嫌な奴と一緒に居るのは、嫌だというのが道理だろう。
 『不快じゃない』という自分の曖昧な感想に少しだけ腹が立って、乱暴に本を閉じた。
 目を閉じ、大きくため息を吐いて思考を断ち切る。



 眼を開けると、居なかった筈の男がそこに居た。


「なっ……!?」
「そんなに面白い本なのか、それ」


 ひょいと取り上げられた本を取り返す事も出来ず、ただその表紙に顔をしかめる奴を呆然と眺める。


「い、何時の間に!」
「三十分位前だな」
「……何処から、入った?」
「玄関に決まってるだろ」


 まさか三十分も放置されるとは思わなかったぞ、と奴は口をへの字に曲げる。
 だがすぐに相好を崩し、俺の嫌いな自信たっぷりの笑みを浮かべた。


「でも良かったよ。元気そうで」
「貴様に心配される健康なんぞ必要無い」
「暫らく会えなかったから、寂しくてヘソ曲げてるかと思ったよ」
「人の話を聞け!」


 そこで、奴の顔を見るが久しぶりである事にやっと気付いた。
 嫌な奴に会っていないのならば、少なくとも嫌な気分にはならない。


 奴の事ばかり考え、勝手に嫌な気分になどには、ならない筈だ。
 そんな理不尽な、事には。


「もしかして、寂しくてヘソ曲げてたか?」


 奴の一言に、思い切り机を叩いて立ち上がった。




「そんな訳あるか、馬鹿!」




――――

ツンデレを通り越して暴君になりつつある。
でも可愛いから許す。

080808


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