qualification オセライ



 こちらへと歩いて来る人影に眼をやれば、それは見慣れた形を描いていた。
 金の髪をさらさらとなびかせ、その顔はひどく不機嫌そうで。
 その剣幕に一瞬躊躇い、それでも俺は声をかけた。


「ライコフ。右頬、どうしたんだ?」
「殴られた」


 暗い声音で短く言うと、彼は頬にあてていた右手を退けた。
 そこにいつもの白さは無く、赤みを帯びてわずかに腫れている。


「お前今度は何したんだ?」
「何もしてない。いきなり因縁つけられて殴られたんだ! よりにもよって顔を!」


 大佐では無い。
 大佐に殴られたのならこの程度では済まないだろう。
 それに、あの人はライコフには絶対手を上げない。


「で、その殴った奴は?」
「さぁな。今頃ドラム缶の中で黒焦げにでもなってるんじゃないか?」


 他の人間には容赦無く手を上げるが。

 その様子を想像したのか、ライコフはにやりと唇の端を上げ、頬の痛みに又顔をしかめた。


「本当に『よりにもよって顔』だな」
「全くだ。俺の顔を何だと思ってるんだ」


 それは彼の唯一の武器。
 彼をここまで押し上げてきた、生まれついての才能。
 傷がつけば彼の生死にかかわる。

 俺は腕を上げ、彼の頬に手を伸ばす。
 彼は特に避けようともせず、その場に立っていた。




「イワン」


 重い声に弾かれた様に、ライコフは振り向く。
 その傷ついた顔に、満面の笑みを浮かべながら。
 その笑顔の先に居るのは、彼を愛しそうに見つめる男。


「大佐! 何か御用ですか?」
「頬を診よう。部屋まで来なさい」
「はいっ!」



 跳ねる様に駆けていく彼と、大股に歩く大佐がその場を去り。
 後に残ったのは、触れるものを無くした虚しい手。


 俺には彼を慰める資格も、彼の為に怒る資格もない。
 そんな事はとっくの昔に理解していた筈なのに。



 何故だか無性に腹が立って、少しだけ笑った。





――――

馬鹿ップルと置いてけぼりの猫。

多分部屋でいちゃいちゃするだろうな。
猫はしょんぼりして部隊の人に心配されるんだろいな。


080528


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