fickle ソリ酸1スネ
開いた扉の向こうには、予想とは違う顔があった。
否、同じ顔と言えば同じ顔なのだ。
では何が違うのかと問われれば中身と言う他には無く、本当に違うのかと問われれば笑って首を傾げるしかない。
その日、俺が訪ねたかったのは常に仏頂面の方であり、
目の前でかなり驚いた顔をしている長髪の方では無かったのだが。
「よう」
「……ああ」
「一人なのか?」
「そうだ。何か用か?」
目の前の男が徐々に驚愕から立ち直る。
意外な客といえば意外な客なのだろうが、そこまで嫌われていたのだろうか?
俺は手に持っていた荷物を彼の目の高さまで持ち上げてみせた。
「あんたの相方に借りた本を返しに」
男はきょとんとした表情でそれを受け取る。
「あいつ本なんて貸してたのか?」
「外で偶然会った。別に浮気じゃないぞ」
「……解ってるよ」
礼を言付けて身を翻す。
ノブに手を掛けると、背中に意外な言葉がかけられた。
言った本人も、戸惑っている様な声色で。
それでも、はっきりと。
「――コーヒーでも飲んでいかないか?」
部屋の中は意外と片付いていた――というより、物が少なく空間が空いていたと言った方が正しいだろう。
清潔さではなく、寒々しさに支配されている部屋。
しかし、目の前の彼と不在の男の雰囲気には不思議とマッチしている様な気がした。
部屋は、人に似る。
「彼は、どこへ?」
「買い出しだ。俺は仕事があって、丁度入れ違いに」
手元には、香り立つ茶の液体が緩やかに湯気を上げている。
元々共通の話題は多く無い。
声が途絶え、沈黙が下りるのにそう時間はかからなかった。
静寂は苦痛ではない。
無理に会話を続けるよりは黙っていた方がマシだ。
だが。
「俺の事、苦手か?」
「!」
怒りは無いという意志を示すために笑ってみせると、彼はばつの悪そうな顔をしてうなだれた。
怒る気も、ましてや責める気もない。
何故なら、俺もまた彼が苦手だからだ。
「嫌いじゃ、ないんだがな」
「そうだな。嫌いじゃない」
そんな感情ではない。
もやもやとした形の無い不快感。
苦手意識。
当たり前だ。
誰だって『鏡に映った自分の姿』が、『鏡の前に立った自分』と違う動きをしていれば不安になるし、不快だろう。
「お前と俺は、同じだからな」
顔が同じだとか。
名前が同じだとか。
そういうものではなくて。
「外見も中身も、同じ」
親子以上に、
双子以上に、
複製以上に。
一寸の狂いもなくトレースした。
「話せば違いが解るかと思ったんだがな」
諦めた様に笑う彼に、同じ笑みを返す。
いつのまにか空になったカップを置いて、俺は立ち上がる。
「触れれば、違いが解るかもしれないぞ?」
「……触れる」
彼も同じ様にカップを置き、立ち上がった。
ゆっくりと伸ばされた手に撫でられる様に、顔を寄せる。
確かめる様に、手は触れた。
「違いは解らなくても、苦手意識は無くせるかもな」
「……それは浮気のお誘いか?」
しみじみとした呟きに、茶茶を入れる。
彼は意外にも悪戯っぽく笑って、俺の耳元で囁いた。
「同一人物でも浮気になるのなら、そうだ」
――――
一番類似なのはこの二人だと思う。
同一人物だし。
しかもなんだこの長さ。
080516
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