V

「じゃ、医者呼んできてあげるけど約束忘れないでよ。倍返ししてもらうから覚悟しといて」
「ああ、わかった……」
 医者を待たせてるとかいう車に向かったあいつを曲がらない首で見送って息をついた。
 人間ていうのは本当に卑怯な生き物で、自分可愛さに出来ない約束してでも助かりたいと願う。まさに俺も今、そんな状況。
 嘘つくことに罪悪感はあったが、安々とケツを貸すわけにもいかねぇ。
 次に目が覚めたらさっさとそこを逃げ出せばいいし、その後の治療は適当な病院に行って済ませればいい。どうせ行き当たりばったりの見ず知らずの他人なんだし、俺が逃げて街中捜索することもないだろう。そう楽観的なことを考えていたら、頭の中は白い靄に包まれた。
 助かった安堵感なのか、身体の力が急に抜けて、俺の意識はそこで途絶えた。





 耳のそばで、ずっと女が啜り泣く声が聞こえた。
 置いていかないでと、死なないでと、そんなことを繰り返し言ってる。
 ――大丈夫だ。
 安心させようと思って、女の髪に触れようと手を伸ばす。
 黒く長い髪は雨に濡れ、俺の身体は地面に横たわったまま冷たくなっている。
 これは夢か現実か――あいつは俺を助けてくれなかったのか。
 いろんな疑問が一瞬にして頭の中を過ぎり、消えていった。そしてやっぱり自分はここで死ぬんだと確信した。
「……ごめんな」
 雨と涙に濡れた顔を両手で覆い、力無い体勢で地面に座り込んでる女は何度も首を振る。
「ほんと、ごめんな……」
 こんな悲しませることしたかったわけじゃなかったのにな。
 力無く笑って、灰色の空を見た俺はまた目を閉じた。
「……何を謝ってるの?」
「――!?」
 そして、一瞬で意味のわからない展開になった現実に目を開ける。
「あれ……?」
 そこは冷たい雨もなく、女の姿もなく、あの男がいた。
 寝てることには変わりないが、ここはどこかって考えたら病院かどっかだってことはすぐにわかった。
 どうやら俺は助かったらしい。
「手術は成功。まぁ、出血多量で死ぬ寸前だったみたいだけど」
 爽やかな顔で言う男は、薄い笑みを浮かべて椅子から立ち上がる。
「医者、呼んでくる」
 そう言って部屋を出たあいつの背中を見て、深い息を吐いた。
 あれが夢で良かったと思った反面、これからどうなるのか思い出して身体中に悪寒が走り抜ける。
「やべぇ。早く逃げねぇと」


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あきゅろす。
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