〃   6

 全身全霊の反抗も、振り切る前に力尽き、意識もはっきりしない。
 膜のかかったような耳で、やけに雑音混じりな男の声を聞きながら、敦司の意識は途絶えた。
「いやぁ、お騒がせして悪かったねぇ……」
 ぐったりと床に伏した青年をよそに、白雪はデスクワークに励む堅城に声をかける。
「別にいいですよ。いつものことですし」
 素っ気ない声で堅城は答える。
 よく見慣れた押し問答を目の前に、動揺することもなければ仲裁に入ることもない。
 ただ、黙って事の成り行きを見守るだけだ。
「……で、彼をどうするつもりで?」
 顔を上げる堅城はスーツ姿の白雪に視線を向ける。
 その姿は背面しか見えないが僅かに肩が揺れている。でも、笑っているのかそうでないのかはよくわからない。
「敦司は僕の患者だからねぇ。暫く会わないうちに症状が悪化しているだろうし、メンテナンスを兼ねて身体の隅々まで調べるつもりだよ。隅々までね」
 質問者を振り返る白雪は三日月のように細い笑みを口元に作る。
「それは献身的で感心しますが、彼の健康診断はご自身のラボでお願いしますよ」
 緩いウェーブを携える金髪の青年にはどんな感情も見当たらなかった。
 それは自分の部下が、患者を患者として見ていないことをよくわかっていたからだ。それに堅城自身も彼を“人”として見なしてはいない。
 どのみちこの二人にとって、吉良 敦司という人物は命のある“モノ”でしかないのだ。
「じゃあ、早急に誰かに運んでもらうことにしようかな」
 スキップすらしかねない軽やかさで、白雪はデスク備え付けの電話を手に取った。
 内線番号は全て脳に叩きつけてあるから、いちいち一覧表を見なくても自然に指が動く。
 短いコールの後に出た電話先の者に言付けを頼んだ白雪は、静かに受話器を戻すと緩い笑みを浮かべる。
「全く世話のかかる子だよ、敦司は……」
 小さく呟き、視線はその本人に向けられる。
「でも、世話好きな貴方が選んだ結果でしょう?」
「まぁ、そうなんだけどねぇ」
 クスリ、と短い苦笑を漏らし書類に釘付け状態の医務室担当医を見ると、その顔は相変わらずの無表情。
「だからこそ、僕にも生き甲斐があるってことなんだよ?」
 終始笑みの絶えない表情で、白雪は乾いた笑いを漏らした。
 その後には勿論、堅城の返事はなかった。


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あきゅろす。
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