PREY Z

 間入れず言い放った言葉の後、躊躇いもなく轟音が鳴り響く。
 盾にされた仲間すら見捨てる相手に少年はブラックを放り投げて弾を回避すると、そのままルキアに突進した。
「仲間を見捨てるとか最悪な神父だね」
「――!」
 真っ向から迫る相手に強い蹴りを入れられ、とりあえずの受け身を取ったルキアだが身体はくの字に折れ曲がり後方に吹き飛ぶ。
 ダメージを軽減することもできないまま壁に激突しては、ただで済まされない。
「正直、ヴァンパイアになってここまで身体能力が変わるだなんて思っていなかったよ」
 乱した前髪を払う少年は苦鳴を漏らすルキアをそのままに、背後に迫るもう一つの影を振り返る。
「人間として生きていた自分がくだらないほどにね……」
 三日月に割れた唇から長すぎる犬歯の輝きを零し、目標を定めた足が床を蹴る。
 尋常じゃないスピードと力――武器をなくして人間はこの存在に勝つことはできない。ましてや銃や刀を持ってしてもこの有様だ。
「――!」
 足の甲で一刀を払われ、それは緩い放物線を描いて後ろに飛んでいく。
 負けは認めたくないものだが、いつも死と隣り合わせの環境からか、ブラックの翠緑の瞳に動揺はなかった。
 死を覚悟しているのか、それともまだ何か模索しているのか、両者の気配がする。
「さぁ、最後のお祈りをして。みんなとお別れをする時間だ……」
 背後で刀が落ちる音がした時、少年は死の宣告を告げた。そして続けざまで足蹴りを繰り返す。
 ブラックは辛うじての防ぎでその場をやり過ごす。ただ、一歩一歩後退した先には壁しかない。見渡せば、気を失ったルキアと生死の不明なヴァンパイアと死体だけの静寂になっている。
「……いやぁ、本当はお別れなんかしたくないんだけどね。でも、俺が死んでも溝鼠を駆除してくれる人はたくさんいるから、安心して死ねるよ。あんたは地獄に行った仲間達へのお土産にする。そのまま言葉を返すよ。さぁ、最後のお祈りをして」
 刀を持つ胡散臭い神父にそんなことを言われ、相手の目は細まる。道連れにしてやるという、気持ちの良くない言葉に気分が悪くなったのだ。
「どこにそんな余裕があるの? まさか寝言言ってるわけ?」
 嘲笑と侮蔑の眼差しで唇を持ち上げた少年は、間合いを詰めるために一歩を踏み出す。たとえいま刀で斬りつけられたとしても、大したダメージにはならない。
 怪我をしたら目の前の人間から血を吸って傷を治せばいいだけなのだから。
「寝言だと思うなら聞き流せばいいんじゃない? もうお祈りは済んだ? 済んだならおいで。一緒に心中してあげるから」
 クッと喉を鳴らし、最後の挑発を終えたところで少年の顔は怒りに歪んだ。
「死ぬのはお前だけで十分だ!」
「だといいね」
 ――引っ掛かった。
 胸の内でそう呟いたように見えたブラックの目つきも、目の前の気迫ある顔に表情を変えた。そして柄を握り直した手にわずかな力が入ると同時に、銀色の閃光が走り抜ける。
「――!」
 一瞬の隙を突いた斬撃。
 いまはもう残像に見える光の線に血飛沫が重なると、少年は驚愕に見開いた瞳のまま血を吐きこぼす。
「がはっ……!」
 何が起こったのかいまだ理解できないように、身体から失われていく血液を眺める。なぜ自分が斬られたのか理解できていないのだろう。
「……あれ? 不意打ちには弱いのかな? 動態視力は強いはずなのにおかしいなぁ」
 期待外れと言わんばかりに肩を竦めたブラックは、刀身に付着した血をそのままに刃先を相手に向ける。
 むせるような血の匂いが鼻につく。
 それにつれて、出血でどんどん顔を青白くさせている少年はガタガタと身体を震わせた。
「お、まえ……よくも……!」
「避けないそっちが悪いと思わない?」
 血のついた刀に視線をやり、どこまでも挑発的な言葉を投げ掛けてくる青年を睨みつけると、少年は伸ばした指で刀の刃を掴んだ。
「忌ま忌ましいな!」
 震える手に力を入ると、指が落ちるより早く刃があらぬ方向に曲がる。
 まるで紙でも触っているかのような芸当に、余裕すら伺えていたブラックの顔が曇った。
「ありゃ、これはマジでヤバいかも」
 すっかり使い物にならなくなった武器に、いよいよ自分の命もここまでかと息をつく。だが、さして恐怖を感じていないのはいかなる理由か?
「刀がないと俺、何もできないんだよね。誰か助けてくれないと本当に死んじゃうよ。神父見殺しにしたら地獄落ちるの知ってるのかなぁ。あー、早く誰か助けてー!」
 いきなり喚き出す目の前の青年は、死ぬことが恐すぎて頭がおかしくなったのかもしれない。
 どうせ目が覚めても弾数の少ない人間だけで、寝転がってるヴァンパイアなど死んでるに決まってる。生きているのなら、この有様にすぐ目を覚ましたはずだ。


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あきゅろす。
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