中毒者 W

 麗を振り返る主は、奇妙な笑みを貼りつけながら、耳を疑いたくなるような返事を返す。
「お前が舐めるだけと言うから、俺は仕方なしに街に行って、誰かしら美味そうな人間を片っ端から吸血してくる。お前に吸血させてくれなんて頼んでも、嫌だと頑なに拒むんだろ?」
 再び歩を進めドアノブに手をかけた流を、はっとした様子で見ていた麗は、次の瞬間大声を張り上げて相手を呼び止めていた。
「お待ち下さい流様! そんなことをしてはいけません!」
 何としてでもそんな危険なことは避けねばならない。白昼堂々街で吸血行為など、自殺しに行くのと何ら変わりはない。
 街は常に、犯罪に目を光らせ監視されている状態なのだ。
「心配するな麗。俺は常に完璧だ。吸血した行為の痕跡を消すのも、吸血した人間を消すのも容易なことだ。完全犯罪とはつまり、そういうことを言うのではないか?」
 ドアを開け放った流は、そう言い残すと長い廊下に姿を消す。それを追い、大股でリラクゼーションルームを出た麗は、尾を引くような黒髪の主を見つけると共に、もう一人、こちらに向かってくる白い影を見つける。
「D(でぃー)さん! 流様を止めて下さい!」
 突然のことに、第三者は驚いたことだろう。それでも麗の呼び掛けに答えるよう立ち止まった白衣姿のDは、流を相手に何やら話を始めたようだった。
 後を追い、流とDにもう少しで辿り着く、そんなすんでのところで対象の人物は、また歩みを進めてしまう。
「流様!」
 最大限の音量で叫んでみたものの、流は聞く耳を持たぬかのよう呼び止めを無視し、廊下の角を曲がって行った。
 呆然と、無視されたことにショックを受けて立ち尽くした麗は、流の危機に不安を色濃く顔に滲ませた。
「麗君、流君ならトイレに行くって言ってたよ。すぐ戻って来るって」
 立ち尽くした長身の男を見上げDは、黒縁眼鏡を押し上げると、どうも様子のおかしい相手に首を傾げる。
「どうしたの、麗君?」
「……です」
「何?」
「お手洗いに行くだなんて嘘です! Dさんが何も知らないからって嘘をついたんですよ!」
 腰まで伸びた銀髪に、金色の瞳を持ったDを見ると、麗は大袈裟とも言える溜め息をついた。
「話、よくわかんないんだけどさ、まず部屋に入らない? 廊下じゃ暑くてかなわないよ」


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あきゅろす。
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