V

「ごめんね……」
 再度、小さな声で呟き、ディートリッヒはベンチから腰を上げる。
 興奮と高揚した身体に寒さは感じなかったが、それでも病む心はどうしようもなく冷たい風が吹き付ける。
 やっぱり嫌われた――返事のない相手に勝手な解釈をつけて自己完結すると、涙を拭い立ち去る。
 それでも声はかけてはもらえなかった。
 ――好きな気持ちを打ち明けるだけ。
 そう思いながらも、いつの間にか自分は高望みをしていたのだ。
 自分が傷つくのも承知のうえだった筈なのに。
 傷付くとは、こんなに苦しいことなのかと、ディートリッヒは嘲笑気味に自分を笑い、公園を後にしようと歩を進めた。
「待ってくれないか、ディートリッヒ」
 その直後、呼び止められたその声に重い足取りを止めたのは、期待した言葉が返ってくると信じていたから。
けれど、後ろを振り向けないのはそれがまだ確信ではないから。
 これ以上は傷つきたくない。
 けれど本当の言葉を聞きたい。
 葛藤する心に躊躇いながら、振り返る先にはベンチから立ち上がる魔術師が、さっき落としたシガリロの火をもみ消している。
「ディートリッヒ」
 ゆっくりと距離を縮めるイザークの表情には、その後どんな言葉を述べるのか検討もつかない。
 複雑に絡んだ思いは、この上なく心を不安にさせる。
 続きを聞きたい。
 けれど怖い。
「私は君が言う“好き”という感情は理解出来ない」
「……」
 その言葉を聞いた途端、自分の体が崩れ落ちそうになるのを感じながらディートリッヒは、再びこみ上げる涙を押し殺すように空を見上げた。
 白い息が天に昇る様を歪んだ視界で見つめながら、事を進める人物を見つめることすら出来ずに、ただ立ち尽くす。
 冷めた風が身に滲みる。
「しかし、そう思ってくれている君の意志を、私は理解することを努力しよう」
 不器用な言葉に、透明な滴はとうとう耐えきれず頬を流れ落ちた。
 泣いているのか笑っているのか、嬉しい言葉にディートリッヒは嗚咽を漏らす。
 どうしたらいいものか、嗚咽で喉が詰まり言葉すら発する事が出来ないまま、涙で濡れた顔で歪む視界に映し出される人を見つめる。
「帰ろう、ディートリッヒ」
 冷たい風に吹かれ、差し伸べられた手をそっと掴むと、二人は静かに塔への道を歩きだした。


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