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 もっと早く気付けばよかったと後悔しても、身体の芯から火照る熱は全身に行き渡り、足下も覚束なかった。
「イザーク、歩くの……速くない?」
 美貌の青年は、酔いに負かされて歩くことを止めた。
 それを振り返る視線は、困ったように眉を潜めてから離れた距離を縮める。
「馬車を拾うか?」
「……いらないよ」
 食事に十分アルコールが使われていない事を確認したにも関わらず、美貌の青年ディートリッヒは泥酔状態に陥っている。
 何処にそんな落ち度があったのかは、今では考える余裕すらもない。
 とんだお守りを任されたように、相手は口元にあったシガリロを投げ捨てると、最後の一服の煙を吐き出した。
「其処の公園で休んでから、ゆっくり帰ろうとするか」
 吐き出される息は白く、気温は相当低い。
 酔っているディートリッヒは、熱のせいか寒さを感じてはいないようだったが、黒い長髪をなびかせるイザークは、吹き付ける冷たい風に身を竦めて、千鳥足でふらつく相手の手を静かに取った。
「僕はね、お酒が本当に駄目でね……」
「あぁ、知ってるさ」
「人の話は、最後まで聞いてよね」
 覚束ない足取りのまま、手を引かれながらディートリッヒは上機嫌に喋る。これも偏に酔っているせいだろう。しかし、一緒に食事をしたイザークにも何故こんなに酔っているのかは検討もつかなかった。
 薄暗く灯る街頭の下、公園には人一人見当たりはしない。
 中央に備えられた噴水も冬の為に凍りつき、その芸術的な見物すら春までお預けだ。
「君がベンチに座ったら、ゆっくり話を聞いてあげよう」
「うん。今日は僕もゆっくり話がしたかったんだ。イザーク、今日は朝まで語り明かすよ!」
 ノリの良すぎるディートリッヒを宥めながら、イザークは相手をベンチに座らせるとその隣りへと腰をおろす。
 素肌に刺さるような寒さに、魔術師はその時、酔いが冷めたら“寒い”“つまらない”等と言って“帰る”と言うだろうと安易な考えでいた。
「あのねイザーク、君に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「何だね?」
「あのね」
 やたらと勿体つける人形使いに、催促するでもなくシガリロを取り出した魔術師はマッチを擦った。
「あのね……」
 静かに話を聞いてやろうと誓ったのに、これでは埒があかない。


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