愛欲 U

 自分の部屋に黒い足跡がつけられていくのを見ながら、アイザックははっとした様子でカインに視線を向ける。やはり話を聞いていない主は、腰のバスタオルを取り払い風呂場のドアを開けていた。
「我が君! 人の話はちゃんと聞きましょう」
 ガツガツと大股で風呂場へ行くと、金髪の青年は浴槽に視線を釘付けにしている。
 用が足らないことがわかり、がっくりと肩を落とした相手の様子にアイザックは溜め息を漏らした。
「すぐに湯を張りますのであちらでお待ちになって下さい」
 相手を宥めながら部屋のソファーに促すと、自分は上着を脱いで袖を捲り、風呂掃除を始める。一体何が悲しくてこんなことをしなくてはいけないのか――黒髪の青年はさっき、シャワーに入ったばかりなのである。
「アイザック! お湯はどのくらいで貯まるの? 僕ぁ、もう待ちきれないよ」
 風呂掃除に紛争する男に大声で声をかけると、自分はテーブルに置かれた本を手に取りパラパラと頁を捲ってみる。挿絵のない文字だけのものを、つまらないものでも見たかのようにテーブルに置いたカインは、また大声をあげて男に催促する。
「まーだかなぁ、アイザック!?」
「十分程お待ち下さい我が君」
 バスタオルで手を拭きながら現れたアイザックは、カインの無防備に広げられた股に目を見張ると瞬時に目を逸らす。
「せめて腰にバスタオルくらい巻きましょう。いくら私でも目のやり場に困ります……」
 間違っても、その姿を見ていたら理性が効かなくなる――とは言えない。でも、こんな時に自分は一体何を考えているのかと、疑いたくなるのも事実だ。
「わかったよ。けど十分は長いよね。先に身体でも洗おうかな。アイザック、背中流してよ」
 スッと立ち上がった青年は、相手の腕を取るとぐいぐいと引っ張りながら風呂場へ向かう。
 もちろん、我が君の言うことには反論はおろか拒むことも出来ない。背中を流すだけならばすぐに役目は終わると、安易に考えたアイザックは渋々同行した。


 浴槽には湯気をあげる湯がうっすらと張られている。
 それを見ながらカインは、風呂椅子に座ると後ろを振り向きニッコリと笑う。
「早く洗ってよ」
「わかっております」
 言われなくともきちんと背中を流します、と言いかけて口をつぐんだ黒髪の執事は、シャワーを手に栓を捻ると、湯の温度を確認して白い素肌を流し始める。


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